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有隣堂・松信副社長インタビュー:営業継続を決断した商売人としての矜持

新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言を受け、多くの商業施設が休館を決めた影響で、ほとんどの店舗の休業を余儀なくされた有隣堂。6月3日付で羽田空港店を除く全店の営業再開を果たしたものの、経営に与えたインパクトは大きかったという。

ここでは、新型コロナショックが同社に与えた影響やwithコロナ時代の書店経営について、松信健太郎副社長に話を聞いた。
(6月11日取材 本誌編集部・諸山)

写真_松信健太郎

有隣堂 取締役副社長 松信健太郎氏

6チームからなる対策委員会を設置

――まず、新型コロナウイルスへの対策には、いつ頃から取り組み始めましたか。

松信 社としては3月2日付で松信裕会長兼社長を委員長、私を副委員長とする「新型コロナウイルス対策委員会」を設置しました。その下に「感染防止策」や「保健所・行政機関対応」「環境整備・物資調達」「広報」など具体的な実務を担う、6つのチームを設けています。

時期的には、全国の小中学校などが一斉休校した頃です。当時はまだ、社内に向けて対策に取り組むことを表明する段階でした。経営者全員の同時感染による経営機能の停止を恐れ、経営会議をはじめとするすべての会議も中止しました。

――2月3日にコロナ感染者を乗せた大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜港の大黒ふ頭沖に着岸せずに停泊することになり、世間を騒然とさせました。

松信 この時は会長兼社長から、船内の人に娯楽を提供するために本を届けよという号令が下りました。さまざまな方面からアプローチしてはみたのですが、結局はそれらの関係者にたらい回しにされるだけで、実現できませんでした。

――対策委設置から4月7日の7都府県への緊急事態宣言の発出までに、どのような取り組みをされましたか。

松信 3月25日の小池都知事による週末の外出自粛要請を境に事態は大きく動きました。それを受けて、デベロッパーが商業施設の休業に向けて具体的に動き始めたのです。

それ以前は、“館”が閉まること自体、私たちはまったく想像していませんでした。外出自粛要請を受けて、多くの商業施設が、3月28・29日の土・日曜日に、全館および一部の食品フロアを除いて、臨時休館しました。その頃が、コロナ対応でもっとも慌ただしかった時です。

――経営者として、いまだかつてない決断を迫られたと。

松信 最終的には「可能な限り営業を継続する」という方針を選択しました。その根本には、店は閉めたくないという、商売人としての考えが真っ先にきました。2011年の東日本大震災の時も、有隣堂は営業を継続しました。つまり、商売人というのはそういうもので、“店を開けてなんぼ”だと思っています。

それと同時に、従業員への対応を考えました。休みたい従業員には休んでもらいながら、出勤した従業員の感染を防止する最大限の対策を施す。その一方で働かなければ暮らしに影響する人にも配慮しなければなりません。それらのバランスを取って店舗を継続しようと考えたのです。もちろん、従業員が集まらなければ、店は閉めようと思っていました。

いまだ時短営業が続く店舗も

――営業を継続した店舗は。

松信 私どもの店舗で、独自に営業継続を判断できるのは全40店舗中、伊勢佐木町本店、厚木店、淵野辺店、センター南駅店、長津田店の5店舗しかありませんでした。それ以外は各デベロッパーの決定を遵守するしかありません。

そのため、緊急事態宣言を受けて、4月8日から伊勢佐木町本店、厚木店、藤沢店の3店を除いて、すべて休業しました。その後に藤沢店が4月11日から休業したため、営業し続けた店は2店だけでした。ただ、独自に判断できる店舗と一部の商業施設内の店舗で、マスクや手袋の着用やレジ内のビニールシールドの設置などの感染防止策を施し、営業再開の見通しがたった店から随時、時短営業でオープンしていきました。

4月24日には淵野辺店とセンター南駅店、長津田店。25日にラスカ小田原店、5月1日にたまプラーザテラス店、7日にヨドバシAKIBA店(カフェ除く)などの店舗を再開し、5月25日の緊急事態宣言の解除までに13店舗を営業することができました。

商業施設内で有隣堂単独のオープンを許可してくれたのはラスカ小田原店のみで、非常にレアなケースでした。また、たまプラーザテラス店のように、商業施設でも区画が独立している場合は「対策をきちんと取れるなら開店してよい」と了承をもらいました。

基本的にはヨドバシAKIBA店のように、ヨドバシの再開とともに各テナントも営業をスタートする形でした。その後の緊急事態宣言解除を受け、6月1~3日の間には、羽田空港店を除く、全店舗が営業再開できました。店舗によっては時短営業が続いているところもあります。

修正p.16ラスカ小田原再開2

商業施設内で唯一単独オープンしたラスカ小田原店。施設内の他店はシャッターが閉まった状態

――4月24日にオープンを予定していたららぽーと豊洲店も、商業施設そのもののグランドオープンが延期に次ぐ延期で6月1日にようやく開店できました。

松信 今はオープン景気もありまして、売上は悪くはありません。目標比の110~115%で推移しています。ただ、併設しているカフェは席も間引きしている状況で厳しいです。今は飲食店全般が厳しいですが、それでも世間のカフェほど悪い数字ではありません。

――緊急事態宣言発出中は、首都圏などの大都市圏は特に、営業している書店に多くの人が訪れていました。

松信 実は私は当初、店を開けても人は来ないだろうと思っていました。しかし、伊勢佐木町本店は売上前年比が4月は144.5%、5月は166.3%にまで達しました。しかも午前11時~午後6時と時短営業していながらです。横浜駅付近の本屋さんがその時、すべて閉まっていたというのがその理由でしょう。

原則としてパート・アルバイトは休んでもらい、休業中の他店の社員で営業するつもりだったのですが、あまりにも忙しすぎて20~30人のアルバイトに出勤してもらわなければならないほどでした。そのほかにも、センター南駅店などの売上が好調でした。

一方、前年を下回っている店もありました。ラスカ小田原店とヨドバシAKIBA店です。どちらも、施設の一部テナントのみ、小田原店に至っては有隣堂のみが営業している状態でした。それでは人は来てくれません。

――営業している店舗に対するお客様の反応は。

松信 実はお客様への対応が多くなると思い、営業本部のお客様相談室の増員をあらかじめ検討していました。しかし、「なぜ開いているのか?」という問い合わせは、お客様相談室には4件(メールや電話など)しか、来ませんでした。店頭ではもっと多いと思いますが、従業員が対応に苦慮しているという報告は上がっていません。

それよりも、営業店舗や営業時間、在庫や予約本などへの問い合わせが、特に伊勢佐木町本店には殺到し、人員を増やして電話対応にあたりました。

一番怖かったのは、従業員やお客様への感染です。加えて、いわゆる「自粛警察」による風評も同じくらい気にした、というのが本音です。ツイッターなどで、書店で本が売れていることに対して「3密だ」などと否定的な意見が拡散されると、後々に企業イメージに傷がついてしまうと心配していました。

ただ、幸い、私がチェックしていた中では「開けていていいの?」という反応はあまり見られませんでした。やはり、東京都の自粛要請から書店が外れたことが大きいのかもしれません。

従業員による“青空書店”という試み

――自粛期間中の全店の売上前年比はいかがでしょうか。

松信 4月期は前年同月比27.9%、5月期は同33.8%と厳しい数字となりましたが、6月は10日までで同103.2%と前年を上回っています。決算期でみると、19年9月~20年5月(9か月間)の店頭売上は同83%となっています。4、5月の休業による影響でおよそ41億円もの売上が吹き飛びました。

これはなかなか取り返せませんし、休業期間中も賃料や人件費の固定費や経費がかかっていますので、今期は赤字になる可能性もあります。

――休業によるデベロッパーとの賃料交渉はいかがでしょうか。

松信 ほぼすべてのデベロッパーに公平な賃料負担を求めて、賃料の減額をお願いしました。

その結果、「最低保証賃料(最低保証売上)の撤廃」や「休業日分の賃料・共益費などの減額」、「賃料支払期限の猶予の設定」など、いくつかのパターンの回答をいただきました。もめているところはありませんが、こちらの要望の100%が全社から返ってきているというわけでもありません。感覚で申し上げますと、半々くらいというところでしょうか。ゼロ回答というところは、ほぼありません。

すべての交渉が終了したわけではありませんが、課題として残ったこちら側の要望は次の家賃交渉などの材料として、粘り強く話をしていくつもりです。ただ、世間で言われるほど、こうした交渉に苦労しているという実感はありません。

――休業期間中の従業員への対応は。

松信 休業したパート・アルバイトには4、5月のシフト分は6割の休業補償をしています。社員には有給休暇や休業(休業補償あり)を取得してもらったり、在宅でできる作業を指示しました。例えば、ツイッターなどのSNSへの記事投稿やPOPの作成、YouTubeの番組「書店員つんどくの本棚」で推薦できる本のネタの仕込みなどの作業です。

ただ、店舗スタッフが在宅でできる仕事は、あまり思いつかず、何とか仕事を創り出したというのが正直なところです。

出勤する一部の社員には、日販から入ってくる荷物の運搬や仕分け、返品作業にもあたってもらいました。商業施設の中で完全に立ち入りを禁止されたのはアトレ恵比寿店だけでしたが、それ以外のインショップの店舗も、商業施設側から隣接店と重ならないように指示があり、作業時間および人数を制限して作業にあたりました。

こういう状況でしたので、物流も乱れていてテナントごとに定められた荷受け時間に配送が間に合わず、トラックが集中してスムーズな荷物の積み下ろしができないというトラブルも起きていました。

――休業期間中も雑誌や書籍が店に届き、店内と通路に荷物が溢れていたそうですね。

松信 小売りが仕入れたい商品を決めて、それを迅速に問屋に仕入れてもらい、必要のないものは小売りに入ってこないというのが、小売り・問屋・メーカーの健全な関係だと思っています。つまり、休業により小売側から発注が出なければ、物流は止まり、店の再開が決まって発注が始まれば、入荷してくるという物流ですね。

しかし、現状の出版物流の中では、店舗再開のタイミングでほしい商品を仕入れられないため、書籍の物流を止めてもらうという決断はできませんでした。そのため、閉まっている店にモノがあふれ、従業員が感染リスクを背負って返品作業を行わなければなりませんでした。この作業は正直無駄です。ここに出版流通の課題があると思っています。

修正p.31返品(通路)

休業店舗では、雑誌や書籍が店内や通路に溢れた

――店舗が休業する中、駐車場を活用して従業員による青空書店という試みにもトライされました。

松信 5月2~6日に横浜市東戸塚にある営業本部ビルの駐車場でミニバンやテーブルに本を並べて販売しました。4日と6日は残念ながら雨天中止となりましたが、5月9、10両日はドラッグストア「フィットケア・デポ岸根店」の駐車場でも開催。5月末までで合計4会場・15回、屋外で本を販売しました。売上は合計で約100万円となりました。

取引先のテレワークによって外商の車がたくさん遊んでいました。書店は閉まっていますが本はありますし、在宅でお客様もいます。世の中を見渡せば、書店に人が溢れていますので、やらない手はないと。自粛期間中は社内に閉塞した空気が流れていましたが、「非効率でも固定費の範囲内で、できることをやろう」とポジティブな空気をつくるためにあえて実施しました。

その意味でいえば、Uberを活用した本の配達もやりたかった。本の需要はありますし、働きたいスタッフもいます。しかし決済手段が整わないなどの理由により、断念せざるを得ませんでした。ただ、まだ諦めていません。違う形で実現したいと考えています。

修正青空書店3

自社のビルや商業施設の駐車場で本を販売した「青空書店」。外商の車を
活用し、「できることをやろう」と実施

いままでにないモデルの創出を目指す

――御社ではPEST分析(自社を取り巻くマクロ環境=外部環境が、現在または将来にどのような影響を与えるか、把握・予測するためのマーケティング手法)に基づく今後の戦略を打ち出されました。

緊急事態宣言が解除され、withコロナの時代に突入したこの時期をフェーズ1と位置付けて、次期決算への利益対策や、自社や業界において未来へ向けた諸課題の再整理を掲げていますが。

松信 対新型コロナでいえば、これからも淡々と対処していくしかありません。売上が下がれば固定費も下げていく。それでも売上が下がって耐えられなければ、店を閉じていくことも考えないといけません。新型コロナの感染防止対策で、マスクや手袋、アルコール消毒液、ビニールシールドなどの備品の購入に約600万円の経費がかかりました。

また、感染防止対策の一環で、ブックカバーは掛けずに、要望するお客様にはレジでカバーを差し上げています。それは今も継続中で、こういう状況を機に社内で今後の方針を検討していきたい。

決算でいえば、2020年8月期は赤字でもそれを甘受しなくてはいけませんが、2期連続の赤字だけは避けなければなりません。そのためには短期的な利益ももっと追求していかなくてはなりません。店舗の収益は赤字でも、もう2、3年は頑張ってみようということが許されなくなるかもしれません。また、全社的にみて5月期の売上は99.2%と、第2の柱であるアスクル事業が下支えしており、堅調です。ですので、こうした事業に人的資源をさらに投入することも考えていくべきだと思います。

それと同時に自社の課題を超えた出版業界課題が顕在化してきますので、出版社と取次、書店でそれらを解決していかなければなりません。私どもは、一事業者に過ぎませんので、出版社と日販とともに、今までにないモデルを創り出していきたい。

――出版社と個別の取り組みをしていこうと。

松信 2、3の出版社から声をかけていただいており、どういう方向になるかはこれからの話し合いによります。ただ、出版社側では直取引と買切をセットで考えているところが多いのですが、そうなると、書店にとって直取引はバラ色の世界とは思えません。

やり方は別として、現在の返品率を半減することで、その分の原資を出版社と労力比で分配していければいい。一書店では出版社すべてとそうした取り組みはできないので、個社との成功事例を積み重ねていきたい。

――小学館やKADOKAWA、増進堂・受験研究社、河出書房新社などがコロナ禍でダメージを受けた書店を応援する報奨企画などを打ち出しました。

松信 まずは、出版社の方々に、お礼を申し上げます。しかし、私たちからすると、休業期間中に出版社の本を売ることができなかったことを、本当に申し訳なく思っています。その気持ちもあり、支援いただけることに非常に恐縮しています。その意味でも、書店が、出版社に助けられないと存続しえないような存在から脱却していくことが大事だと思っています。

コロナ禍は考え方によって、現状を変えるチャンスと前向きに捉えることもできます。変化しなければ生き残れない、その変化のスピードがさらに早まっていることをポジティブに捉えていきたい。それを乗り切れれば明るい未来があると期待しています。あとは、商売ですので、最後は「運」に任せます(笑)。

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