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裏切りの記憶 【エッセイ】


 人は何かに期待をすると、これから来る未来を楽しみにして過ごすことが出来る。だが期待すればするほど、それが外れた時のショックが大きいのもだ。
 
 こんなことがあった。
  私が幼稚園児の頃、とても憧れていた所がある。そこはどうやら遠くにあるらしい。行きたいと何度もせがんだが連れて行ってもらえなかった。TVコマーシャルでは、鉢巻きをした子供が白波を背に歌っていた。覚えやすいフレーズで私も一緒に歌っていたと思う。毎日見ている番組の提供だったのか、そのCMを繰り返し見ることで、更に憧れは強くなっていった。
 ある時、自宅の窓から背の高い建物が見えてきた。そのビルはそれほど高いものではないのだが、当時戸建ての家々と空き地ばかりの町ではとても目立つ存在だった。やがてそのビルが完成に近づいたとき白いハトが私の目に映った。
「ねえ、お母さん。あそこにハ〇ヤホテルができるの?」
「そうだね」
 こんなに近くにハ〇ヤホテルができるなんて! 近所だから今度こそ連れて行ってもらえるに違いない。あの広いプールにも海底温泉にも入れるのだ。そしたらあの子みたいに、大きな魚を抱えて、あの歌を歌うんだ!

♪~ まえはう~み うしろ~はハ〇ヤのたいりょうえん! ~♪

 でも嘘だった。いや嘘というより、母が私の話を聞いておらず適当に答えただけだったのだろう。鳩のマークのあるそのビルはイトー〇ーカ堂だったのだ。そんなお店を知らなかった私は白いハトに裏切られてしまったわけだ。私は未だにハ〇ヤホテルに行ったことがない。

 こんなことがあった。
 最寄りの駅ビルでのことだ。それまで駅周辺にはなかったテナントがたくさん入ったビルで、ちょっとした買い物ができる楽しい空間だった。 
 駅前の音楽教室に通っていた私は、その帰りに母と弟と3人で駅ビルを歩いていた。レコード店の前を通った時にその張り紙はあった。
「本日〇時に✖✖✖✖✖さんが来ます。」
 ✖✖✖✖✖さんといえば当時人気の八重歯のかわいい女性アイドルだ。ビッグスターの来店である。1時間くらい待つことになるが、タダで見られるのであればと私たちは待つことにした。
 レコード店の隣にある催し物スペースには小さなステージと折りたたみの椅子がセットされており、すでに座っている人たちがいた。それでも私たちは結構前の方に陣取ることが出来た。アイドルを間近に見ることができるいい席だった。あとはアイドルの登場を待つだけだ。
 楽し気な音楽も流れて気分も盛りあがる。お客さんもどんどん増えていく。「早く来てよかったね」などと言いながら、立ち見の人たちを振り返ったりしていた。
 ところがいくら待っても始まらない。
 30分以上過ぎたと思う。ようやく司会者らしい人と体の大きな男性がステージ上に現れた。確かに別の意味でビッグスターだった。でもこの人を他のイベントで何度か見たことがあるので、珍しくもなければ嬉しくもない。全然かわいくない。歌っているのを見たことがない。あのアイドルとの共通点は何だろう。人類……。いや、でもこの人、どちらかというとゴリラ。私たちは文句を言いながらすぐに帰った。
 急にそのアイドルが来られなくなったという説明だったと思うが、本当かどうかも疑わしい。代わりに現れたのはOKな地元出身の元世界チャンピオンのボクサーである。
 幼いころの裏切りの記憶は未だに消えない。だが、こうして今もネタにしているのだから、とてもオイシイ記憶になったことは確かである。 <了>

※トップ画像は夕方の空の写真です。住宅の屋根と電線が見えます。空の大半は青っぽいですが、奥の方からオレンジ色に色づいてきています。

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