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裏富海岸

 1997年、広島県福山市に単身赴任していた時の日記です。
 
 当時、自宅は横浜で、月に一度、金曜の夜に妻が新幹線で福山に(監視に)来ていました。大学に通う二人の息子は、土日に母親がいなくても何ら問題なく、食卓の端に1万円札を置いておけば、帰宅した時は小銭に変わっていたそうです。
 
 監視人の来ている土日は、ひたすら監視人殿にサービスします。鞆の浦や尾道を散策し、時には山陰、瀬戸内海、四国などへの一泊旅行で楽しみました。

 ある雨上がりの夏の土曜日、監視人と共に、福山から、JR、智頭急行、路線バスを乗り継ぎ、鳥取砂丘に行きました。砂丘はそれなりでしたが、人が多く観光化が激しく些か興ざめ、再度バスで網代に向かい、誰もいない裏富海岸の遊歩道を歩きました。

 遊歩道は全長4、5キロ程、リアス式に入り組んだ海岸に沿って、曲がりくねり、小さなアップダウンもあります。起伏に富んだ海岸と雄大な日本海の組み合わせは、午後の明るい日差しと相まって、なかなかです。他に誰もいませんから、仲良く手をつなぎ、新婚気分。沖合に遊覧船が見えたので、手を振ると向こうからも手を振ってくれました。

裏富海岸


 1時間余りで最後まで歩き、更に先の田子湾の漁港に向かいます。30分程歩き、坂を下ると小さな漁港に出ました。民宿が2,3軒あり、途中、おばさんに出会ったので、
バスは何処からでるのかと聞くと、桟橋前の広場からとのこと。

 広場は、バスがなんとかUターン出来る程度の広さで、一角にトタン屋根のバス停があります。時刻表を見ると、岩美行きのバスは3時間後。他にやることも無いのでベンチに座り、黙々と岸壁を眺めます。店は一軒もなく、誰一人いません。漁船が4隻ほど、静かに係留されています。

 暫くすると、年配のおじいさんが、孫と思しき子供を連れて現れ、桟橋で釣りを始めました。糸をたれると、直ぐに鯵が釣れます。5,6尾釣ると、さっさと店じまいし、
戻ってしまいます。この間、2,30分、今日のおかずの分か、民宿のお客の分か、兎も角、必要なだけ釣れば終わりです。

 やがて、バスが来て岩美に行き、JR山陰線で鳥取に戻る頃、現実に戻ったような気がしました。

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