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タクシーに跳ねられる

 小学校3年の時にタクシーに跳ねられたことがある。
当時、吉祥寺にある某私立大学の付属小学校に通っていた。
毎朝、井ノ頭線の池の上駅まで歩き、電車で吉祥寺に行き、
更に20分ほど歩いて学校に着く。
 
 かなりな距離を歩くのと、
ラッシュで押しつぶされそうな電車が嫌だった。
担任の先生にも快く思われてはいなかったようで、
宿題を忘れたときに、人間失格のごとく言われたことがある。
病気か怪我でもして、休めたらいいなと、心密かに思っていた。
 
 冬のある日、学校からの帰り、
池ノ上駅を降りると、既に夕闇迫る頃だった。
帰り道、大通りの向うに駄菓子屋があり、
いつもあそこで何か買って食べてみたいと思っていた。
偶々その日は、何かのお釣のお金がいくらかあったので、
駄菓子を買ってみようと、通りを渡って店に入った。
 
 それらしい駄菓子を買ったが、買い食いは母に許されていないから
家に着くまでに食べ終わる必要がある。
通りのこちら側は商店が並び明るく、食べ歩きはしにくい。
向こう側は街頭もなく暗いから、あそこで食べようと思い、
通りを渡るべく、車道に足を踏み出した。
 
 2,3歩進んで、左足を前に出した時、
右から走ってきたタクシーに跳ねられた。
小学校の制服は半ズボンだから
左足脛下の内側に車のバンパーが直接当たった。
一瞬意識が飛び、気が付くと、道路に倒れていた。
立ち上がろうとするが、左足の脛から下が痺れて、起き上がれない。
 
 左足の付け根と倒れたときに打った頭が痛いが、気は確かだ。
一瞬、これで当分学校に行かなくてすむと、思った。
車が来るかもしれないとの深層心理が故の
無謀な飛び出しをしたような気がする。
 
 直ぐに先ほどの駄菓子屋からおばさんが出てきて
救急車を呼んでくれた。
救急車の隊員に抱き上げられた時、
右手に握っていた駄菓子はそのままではまずいと、
手を開いて下に落とすと、逆に目立ったようで、
駄菓子屋のおばさんが不思議そうに見ていた。
 
 病院に運ばれ、レントゲン写真を撮ったが、
骨に異常は無くたいした事はない。
タクシーのバンパーに当たった膝下と足の付け根の2か所が
内出血しているが、それ以上の目立った外傷はない。
頭を打ったところはたんこぶが出来ているが、治療の必要はないらしい。
 
 検査後、では現場検証をしようと、
パトカーの後席に乗せられて現場に向かった。
現場には母も来ており、駄菓子屋のおばさんも立ち会い、
助手席に乗っていた若いお巡りさんが、仕切って現場検証が始まった。
 
 一通りの状況確認をした後、お巡りさんが、
駄菓子の落ちているのを見つけて、拾い上げ、
駄菓子屋さんのおばさんに、何かたずね、おばさんが何か答える。
パトカーの中にいたので内容は聞こえないが、
私が駄菓子屋で買ったものを落としたと説明している事は間違いない。
 
 更に通りの向こう側を指差し、何か言っている。
あちらは暗いから渡ろうとしたのはおかしい、
などと言っているのではないかと思い、いい気分ではない。
母は直ぐ横で一部始終を聞いていた。
これはまずい、後で相当に怒られるだろうな、と覚悟する。
 
 お巡りさんが、後席を覗き込み、落ちた駄菓子を見せて、
これを知っているかと、訊くので、知らないと答える。
横に立っていた母が、私に何かを言かけたが、
直ぐにお巡りさんが、まあ、いいですよと、止めてくれた。
以降、母は駄菓子の話を持ち出す事はなかった。
事故のショックと頭を打ったことで、
前後の記憶が飛んでいる・・・と思われたのかもしれない。

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