詩の死ぬ夜
とほい家のどこかで
ぴすとるが撃たれた
銃声は寥亮とし
哀しみより疾く
我がもとを遠ざかり
蒼白き月のした
つめたき湖畔に明媚な紋を描く
偲ぶ鈴虫痛哭のこえ響き
雨つぶ葉叢を打ちて大地をながれ
山影に螢のほのお浮かびて
眩き往昔の揺曳を結ぶ
朋の去りゆく季節の愁嘆を
ささやく風のはだになぞりつ
我ぴすとるを抜く
銃身いみじく月明にきらめき
銃口夜闇を飲み込み硬くなり
火薬がこめかみを伝つて濃く香り
魔法のやうな静寂が遣つてくる
残すべき言葉さへなく
みずうみの紋も
鈴虫も泪も螢も
いまはなく
薄明かり夜の孤独に
重い撃鉄を起こし
黄泉へと続く引鉄を絞る……
*
とほい場所の何処かで
ぴすとるが撃たれた
されど銃声なく
死にゆく感性の叫びだけが
太陽越え
はるか彼方へ遠ざかりゆく
都会に残されし我の胸には
夢なく詩なく
涙なく惑ふ心さへない
あたかも真昼の街の喧騒のやうに
恐ろしくも健全な
肉体の語る欲望だけが
感性の墓のうへで
物憂く退屈な音楽を
いつまでもいつまでも奏でていた
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