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詩の死ぬ夜

とほい家のどこかで
ぴすとるが撃たれた
銃声は寥亮とし
哀しみより疾く
我がもとを遠ざかり
蒼白き月のした
つめたき湖畔に明媚な紋を描く

偲ぶ鈴虫痛哭のこえ響き
雨つぶ葉叢を打ちて大地をながれ
山影に螢のほのお浮かびて
眩き往昔の揺曳を結ぶ

朋の去りゆく季節の愁嘆を
ささやく風のはだになぞりつ
我ぴすとるを抜く
銃身いみじく月明にきらめき
銃口夜闇を飲み込み硬くなり
火薬がこめかみを伝つて濃く香り
魔法のやうな静寂が遣つてくる

残すべき言葉さへなく
みずうみの紋も
鈴虫も泪も螢も
いまはなく
薄明かり夜の孤独に
重い撃鉄を起こし
黄泉へと続く引鉄を絞る……

とほい場所の何処かで
ぴすとるが撃たれた
されど銃声なく
死にゆく感性の叫びだけが
太陽越え
はるか彼方へ遠ざかりゆく
都会に残されし我の胸には
夢なく詩なく
涙なく惑ふ心さへない

あたかも真昼の街の喧騒のやうに
恐ろしくも健全な
肉体の語る欲望だけが
感性の墓のうへで
物憂く退屈な音楽を
いつまでもいつまでも奏でていた


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