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読書。 "A Gentleman in Moscow" by Amor Towles

いい本を読んだ。

邦題は「モスクワの伯爵」2016年に出版された一冊で、何度も推薦図書のリストで目にするので、去年のクリスマスに入手し、ようやく読むことができた。

ネタばらしは嫌だし、書評が上手な人はいくらでもいるから、私は読んで考えたこと思ったことを書くことにする。

アメリカでの私の一番古い友人Jonathanは、真顔で冗談をいう。英語がよくできなかった頃は、本気で言ってるのかどうかがわからず、曖昧に笑ったことがよくあるのだが、どうもこれは彼が育ったイギリス独特のことらしい。奥さんのMaraのお母さんも、これによく戸惑うそうだ。主人公の伯爵("Count Alexander Ilynch Rostov")は、ちょっとそんなJonathanに似ている。ウィットの効いたユーモアというのは、あからさまにガハハと笑うようなものではない。わかる人にだけわかるユーモア、でもそれは内輪でだけわかる、という意味ではなく、教養に裏打ちされたユーモアである。

貴族の教養というのはこういうものか、と息を呑む。歴史上、暴君は存在した。貧しい民衆、貧しい国民のことを顧みず、贅沢の限りを尽くした国王や貴族はいた。でも帝王学を学ぶ彼ら、徹底的に教養を身につけた彼らの存在意義の一切を否定していいのだろうか。

食事のメニューは、オードブルから順に選んでいくのではなく、メインディッシュを決めてからそれに合わせてオードブルを選ぶ。もちろんワインは食事に合わせて決める。ロシア革命で、一時期ワインのラベルは全部剥がされ、赤か白だけの区別になる。そんな馬鹿げたことをやったのか、あの連中は。

紳士であるホストが大皿の料理を切り分ける時、まず相手の分を取り分けて渡してから、自分の分を用意する。軍人にはそのマナーがない。

伯爵は、そういう小さなことのすべてを観察し、でもそれをおくびにも出さない。決して見下すような態度を見せない。そこが、普通人と違う。自分に自信がないから、相手の非を指摘する。鬼の首でも取ったかのように。でも人は自分が優れていることを宣伝したい。そういう貴族もいるのだから、伯爵が優れモノ貴族なのである。それは国外に逃亡することもできたのに、革命後もロシアにとどまり、ホテルから一歩も出れない生活を受け入れる。

”As both a student of history and a man devoted to living in the present, I admit that I do not spend a lot of time imagining how things might otherwise have been. But I do like to think there is a difference between being resigned to a situation and reconciled to it."

英語の本を読んで、出てくる歴史上の「著名人」と言っていいのだろうか、人類史の財産とも言えるような人物の名前を英語で見た時、歴史の授業で習った日本語名とマッチさせるのが、私は好きだ。

Tchaikovsky = チャイコフスキー
Dostoevsky = ドストエフスキー
Tolstoy = トルストイ
Horowitz = ホロヴィッツ
Tocqueville = トクヴィル

最初の4つはともかく、トクヴィルがわかった時は思わず歓声を上げた。暗記に明け暮れた日がこんな風な形で報いてくれるとは思いもしなかった。日頃から私は子供たちに言っている。

「今は、どんなにムダな知識のように見えても、将来どんな形で会話の中に出てくるかわからない。どんな小さなことでも会話のきっかけになることで、アナタという人間に興味を持ってくれるかもしれない。それを忘れないように」

文化大革命もロシア革命も、愚かな国の指導者たちが、あれほどの長い歴史を持つ国の財産を共産主義、社会主義の名の下に破壊した。

”.....What is it about a nation that would foster a willingness in its people to destroy their own artworks, ravage their own cities and kill their own progeny without compunction?....."

共産主義がその理想を実現させた例が一体どこにあるというのだろう。貧しかった人たちは革命が起きて、報われたのか。39人のベトナム人は必死で貯めたお金(約数百万円)を怪しい密入国斡旋業者に払い、英国までの道のりを冷凍コンテナの中で酸欠と熱中症で命を落としたじゃないか。

崇高な理想を掲げた革命の結果、指導者とエリート上層部が私服を肥しただけではないのか。人間は欲に弱い。ただひたすら欲に弱い。

そんな人間の一面と、対照的に崇高なRostovの人生。あぁ、読書はいい。



ただただ好きで書いています。書いてお金をもらうようになったら、純粋に好きで書くのとは違ってくるのでしょうか。