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よく用いられる「お腹に力を入れて!」の本質 ー後編ー

 前回の記事では、まず’動作’という現象を細分化して考えてみました。そして、その構成要素として’骨格筋’・’神経’また、一歩深く足を踏み入れ、’固有受容器’という言葉も使って説明しました。

 「お腹に力を入れて!」という言葉は、「コアを安定させて」という意味を込めて使われています。’コア’を、正しく定義することは大変複雑ですので,詳しくは今後の投稿のテーマにしたいと考えていますが、今回は、体幹という言葉に置き換えてお話しさせて頂きます。
 体幹は、腕や脚の筋肉とは機能的に働きが異なります。腕や脚の筋肉は動的・巧緻的な目的で用いられ、「リーチを伸ばす」といったようにパーソナルエリアを広げる役割があります。一方で、体幹の筋肉の目的は「固定」させることです。体幹が固定されることで、①骨盤ー腰の傷害予防、②末梢から伝わるエネルギーロスを最小限にすることを可能とします。

 ここで一つ、体幹の役割を実感していただく為に、簡単なエクササイズをご紹介します。
1. 立って下さい。
2.両足の爪先を揃え、足の間隔は拳2つ分空けて下さい。
3.まず何も考えず、爪先立ちをして下さい。
4.爪先立ちをし一番高いところから、両足同時にドスンっ!と踵で着地します。

さて、この時の踵からの衝撃はどこに伝わりましたか?
膝や腰、肩甲骨周りで止まった方がいらっしゃるかもしれません。
理想は、まるでボールペンを垂直に机に落とすと、真上に跳ね返るように、踵からの衝撃は頭頂から真上に抜けていくような感覚を得ることです。ちなみにこの床から足の裏を介して伝わる力を床反力と呼びます。これが、末梢からのエネルギーロスを最小限にし、身体の対側にパワーを伝えるという体幹の作用です。一方、踵ー頭頂間の途中で衝撃が止まった方は、日々の動作でその部分に負担がかかりやすく、疲労が蓄積しやすいということが言えます。この作用は、垂直の方向だけでなく、右足から左手、その逆も然り、壁を押して反作用で跳ね返ることなど、あらゆる方向で生じます。

 では、そんな体幹を働かせる機序はどうなっているのでしょうか。

少し専門的になります。

’自分が’行う動作は、「行為」です。つまり、意として行うものです。それゆえ、動作として表現されるまでに、脳・神経ー筋では、
①計画され、
②感覚情報や周辺の環境を統合しプログラミングされ、
③その動作に先行して姿勢を整え、
④動作が生じる。
という過程を経るのです。

具体的例として、左脚を挙上するという行為を分析してみます。
左脚を上げる、これは行為です。その為に、足場が平坦なのか、固いのか柔らかいか、暑いか冷たいか、などあらゆる感覚を脳で統合し、どのくらいの力を出せば良いか、どの方向に上げればいいかなどプログラミングします。そして、脚を挙上する0コンマ何秒前に、右側の腹筋が働き体幹を固定させるという現象が生じます。

ここで鋭い方は、動作を生じさせる脳・神経ー筋の経路が1つでは無いことに気がつくでしょう。なぜなら、意とした行為(脚を上げる)とそれ以前に意としていない活動(腹筋に力が入る)が生じているのだから。

全くその通りです。大きく分けて、運動を支配する神経経路は2通りあります。
内側運動制御系と外側運動制御系と言います。そしてそれらは、左右1つずつあリます。一方の経路が傷ついてしまうと、片側に麻痺が生じます。
A:内側運動制御系は体の中心に近い筋肉を操っています。姿勢に関わる筋肉達です。
B:外側運動制御系は中心から遠い筋肉を操っています。両手両足の筋肉達です。そして、AはBに先行して働きます。なぜなら、Bは、意を介しますが、Aは意を介しません。つまり、姿勢に関わる筋肉(体幹)を活動させずに、手足のみ動かすことはでき無いということです。整った姿勢があるからこそ意図した動作が行えるのです。 

 実際、脳卒中などにより片側が麻痺になった方への治療法として、体を動かした際に体幹の筋肉が働いているかどうかは、非常に重要な見解です。傷ついているのが、Bだけなのか、それともAもなのか。Aの機能が失うとまず立つ姿勢を保持することができません。さらに、Aは意を介さなく働く経路でした。これを再獲得するには根気が入ります。というのも、新生児が生後約10ヶ月で歩行に至るまでの経過をなぞるからです。つまり、頸や頭、手足を動かすこと介助し、様々な運動を行い、それに伴って働くべきAの回路を呼び起こす訓練をします。体を揺さぶって様々な感覚を体に叩き込みます。座って手を離すと傾いて倒れていく体を支えて真ん中に戻します。働いて欲しい筋肉を、タップし「ここ!ここ!」と刺激を加えます。最初は、筋肉が働くこともありませんし、本人がそこを意識することもできません。しかし、これを何度も何度も繰り返すことにより、手足を動かすとお腹の筋肉がピクッと動くことがあります。そしてさらに何十回、何百回と繰り返すことによりピクッからギュッとなることがあります。この時には、動いている感覚を感じることができると思います。そこから、手足の動きに対応して、適切なタイミングで働かせる様に意識して動かします。「今!このタイミング!」とフィードバックの声かけを行います。それを何度も繰り返すことにより、意識せずとも手足を動かす際に対応して働いてくる様になります。
Aが呼び起こされたということです。(実際は、元の経路が修復されるのではなく、違った経路が結びついて代償するというイメージです。)

 ところで、トレーニングにおける「お腹に力を入れて!」とは、冒頭に述べた、①骨盤ー腰の傷害予防、②末梢から伝わるエネルギーロスを最小限化という力学的な目的に加え、上記の様な動作を獲得する神経系の過程をなぞるという目的も含めて良いのでは無いかなと考えます。
 無意識に普段の生活動作を上手く行うために、体の使い方を意識し、反復することがトレーニングかと考えています。


「なんでお腹に力を入れないといけないの?」って聞かれた時に、
「内側運動制御系を刺激するためだよ。」と答えられたらヤバくないですか!?


最後までお読みいただきありがとうございます。

そしてこれだけは伝えたいことがあります。
私はトレーニングが大好きです