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三重城の今と昔

琉球古典音楽の楽曲に「上り口説(ぬぶりくどぅち)」という曲がある。
薩摩まで向かう琉球の士族が出発する港まで向かう道すがらの心情を歌った歌だ。家族や友人とのしばしの別れを噛み締めながらも、鹿児島県に到着する頃には桜島が富士山のように見事だったと歌い上げる。歌詞に登場する船が薩摩へ向けて出港する港が今の那覇港と言われている。かつて三重城(みいぐすく)があった場所だ。

琉球古典芸能コンクールを午後に控え、気分転換をかねて那覇港を訪れることにした。

海を背に立つロワジールホテル那覇の裏手に三重城へ繋がる階段がある。
この階段は少々探し当てるまで手こずった。
ホテルとマンションに挟まれて居心地が悪そうな苔の生える石階段は存在を自ら隠すかのように見当たらず、防波堤沿いとホテルの間を何度も行き来してしまったのだ。
ようやく上りきった三重城跡はこじんまりとした広場でこんもりもした草木に紛れて拝所が奉られていた。名前に城と付いているが、城があった訳ではなく、砦の役割を果たしていた。
那覇港に浮かぶ船を見ながら琉球王国時代の航海を考える。
命がけの船旅に未知の世界に飛び込む不安と期待などと想像ばかりが膨らんだ。
私は怖がりな質だから、仮病でも使って戦線離脱組で結構っというか、そもそも優秀な人材が選出されるであろう仕組みにおいて私は論外だろ。見送る側が適任かも云々の妄想は楽しかった。

上り口説では人々がこの場所から扇を振ったと歌っている。
それを真似て私は手を振りながら「行ってらっしゃい、気をつけて、達者でな!」と叫んだ。
薩摩上りのその日に、はなむけの言葉は船に届いただろうか。
薩摩に向かう人も、それを見送る人も再会を信じて手を振り合って見た景色が今ではコンクリートの建物ばかりになったが、心地の良い強めの南風とふわふわ流れる雲はきっと今も昔も変わらない。
潮の香りの強弱は、かつて琉球の人々が味わった揺れる感情になり、今でも那覇港を漂っているぞと訴える。

上り口説は軽快な三線が特徴の楽曲ではあるが、練習する度にこの景色を思い出し紆余曲折の琉球の人々の人生の一端を垣間見るようで複雑な気持ちになる。
しかし、いつも歌の最後に出てくる桜島を目指し鼓舞する志しを表現できるように声を出す。
三重城から手を振った力強さに負けない思いを歌に込めるのだ。

沖縄にはもうひとつの三重城がある。沖縄県読谷村に琉球王朝時代の三重城を再現した場所だ。
大河ドラマ「琉球の風」の撮影のために作られたセットがそのまま残されているのだが、セットとは思えない完成度に驚く。石で固められたその道を海に向かって歩くと那覇港と同じ潮の匂いを感じた。
琉球王朝時代の沖縄が歩んだ時間に触れたようで、しばし水平線に浮かぶ夏雲を眺めた。