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三線を持って沖縄へ・#01沖縄は日本なんだと感じた

三線を習い始めて1年が過ぎた頃、夫と沖縄本島に3泊4日で沖縄を訪れた。
三線を持って。
三線を持ち歩く旅は面白い。
その反面、三線から伝わってくる沖縄の歴史や立場や考え方を正面から受け止める事が多くなるので驚く。
三線は沖縄を味わうには打ってつけのエッセンスであり、コミュニケーションツールとして最適だ。
4日間の短い三線旅は実にドラマチックだった。
旅行中、沖縄に対するイメージについて深く考えさせられる出来事があった。

「どのから来たの?沖縄の方かと思ったわ。三線は日本で習ったの?」

耳を疑った。
沖縄本島北部にある本部町備瀬にあるフクギ並木を訪れた時のことだ。

フクギ並木を味わうなら人が少ない午前中がオススメだというガイドブックの言う通り、私たちはのんびり三線を弾きながら2万本ものフクギの木を楽しんだ。
並木道は真っ白な砂で敷き詰められ、丁寧にホウキで掃いた跡が美しい曲線を描いていた。きっと朝早く誰かが時間をかけて掃きあげたに違いない。
ホウキの曲線で作られた凹凸にフクギの合間から射した新鮮な太陽の光が落ち、さらに凹凸が浮かび上がる。ホウキと共に朝の時間をゆったりと過ごした人がいると想像するだけで私まで心穏やかになった。
隣では夫が三線で「てぃんさぐぬ花」と「安波節」を弾いている。ぴったりのBGMだ。
波の音が三線の音と重なり、砂浜が見え、並木道の終点を教えてくれた。

その時、前方から観光客と思われる年配の女性2人が近づくのが分かった。夫の三線の音に気づいた様子で、一直線に私たちに向かってくると「わ~っ!三線弾けるのね?!一曲聴かせて」っとテンションを何倍もあげて声をかけられた。
夫は私に三線を渡し、任せたとばかりにうなずいている。
私はこの三線旅のために練習していた「国頭(くんじゃん)ジントーヨー」を披露できる時が来たとテンションが上がった。
歌い終ると観光客2人のテンションはさらに上がり、私も練習の成果が発揮出来たと嬉しくなった次の瞬間的、耳を疑う一言を聞いてしまった。

「どのから来たの?沖縄の人じゃないの?沖縄の人かと思ったわ。三線は日本で習ったの?」


「三線は日本で習ったの?」

ショックだった。
沖縄も日本だと伝えるエネルギーも無くなるくらいショックだった。

年代から考えれば、かつて沖縄がアメリカの統治下にあった事がつい最近なのだろう。
歴史の渦から抜け出せない2人をボーッと眺めた。
沖縄が背負うモノの重さをほんの少しだけ目の当たりにしただけなのに、帰り道はトボトボ歩きになる。

駐車場に戻ると駐車場当番のおじいちゃんが私たちの持っている三線を見て目を輝かせ、
「あれぇ~、三線なんか持ってぇ~🎵どこに隠してたぁ?民謡を弾いた方がモテるんだ🎵」っと笑ってくれた。
おじいちゃんの話によると、フクギ並木の辺りに住んでいる人は三線を弾く人が少ないのだという。
おじいちゃんとひとしきり三線の話で盛り上がり、お互いに笑い合ったら、さっきまでズッシリ重かった私の背中はいつしか軽くなった。

美しいフクギ並木でモヤモヤっとした気持ちになってしまった私を、フクギ並木のおじいちゃんは笑顔で吹き飛ばしてくれた。
おじいちゃんがどんな人生を歩んで、今この駐車場にいるのか想像がつかないが、あの時、おじいちゃんが駐車場にいてくれて良かった。

沖縄には会いたい人がたくさんいるが、フクギ並木のおじいちゃんもその1人である。
次に会ったら恩返しに「鳩間節」を歌うと決めている。

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