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西表島「奥田さんしん屋」の三線と琉球黒檀のバチ

私が三線を弾く時に使っているバチは沖縄県西表島の三線職人、奥田 武さんが黒檀で作ったものである。
奥田さんは今年、沖縄県内の工芸産業の振興を図ることを目的として創設された沖縄県工芸士に認定された。

喫茶店「唐変木」の奥に工房はある。
薄暗い工房の片隅には三線になる原木が並べられ、奥の座敷に案内された。黒檀と言うのだから真っ黒な木ばかりだと思い込んでいたが、黒地に茶のマーブル模様や全体的にこげ茶の縦の線が入っている物など様々だ。
私は原木を見せてくれるごとに、これは黒檀ですか?を連発し、その度に奥田さんは「だから全部黒檀だよ」とコントのようなやり取りをしてしまった。

縁側に腰掛けた奥田さんは気になる三線を弾いてみなさい、バチはこの中から選らんで、と菓子の空き箱に入った山積みにされたバチを差し出してくれた。しかし、緊張しっぱなしの私にはズラリ並んだ上等な三線をじっくり選ぶ余裕などない。
とっさに目の前にあった三線で「鳩間節」を弾く。

温かみのある棹の曲線がおおらかで、両手いっぱいに西表島を抱えているような気分になった。
ムシッと暑い西表島の夏の空高く、三線の音が次々と大きな弧を描いて遠くまで飛んでいくような響き。
私の声も気持ち良く音に乗っている。

習い始めて2年になること、将来は師範になりたいことを伝えると、「師範より1つ下の教師くらいでいいんじゃないか、まぁ、歌が好きそうだから上手くなるだろうな」とボソボソとした呟きを私は聞き逃さなかった。

無意識に選んだバチをながめる。
奥田さんが作ったものと知って驚いた。
明るい茶のマーブル模様が特徴の黒檀で作られた表面は設計図通り機械で切り抜かれたのかと思うほど正確な直線とバチ先は軽い力でも弦の音が美しく弾ける角度に調整されたかのような鋭さがあった。人が作ったものには見えない。
しっとり指に馴染むものだから触っていて気持ちが良い。衝動的に西表島で出来たデザインを身近に感じ続けたくなり、譲ってもらった。
その日から三線の良き相棒として私の人差し指にカポッと吸い付き穏やかに弦を弾いてくれている。

最近、バチの先に細い溝が数本付いていることに気付いた。弦を弾く、勢い余って蛇の皮で出来ている太鼓にガリリとぶつけたりした時に出来たものだろう。
溝が出来るほど三線との時間を共有したバチは誰よりも私を見守り、練習をおろそかにしている時は独特の曲線で私を手招きするのだ。