ノーベル賞受賞者は事態を予想したか

病気の種類はほとんど増えたり減ったりしませんが、
新しい薬が登場すると、副作用としての病気が増えます。
ある種の抗がん剤を例に、生き物の体の複雑さを垣間見ます。

癌ができると、体の中の敵と見なし、免疫反応による攻撃が起こります。
この作用をアシストするのに免疫チェックポイント阻害薬という薬があり、腫瘍に対して効果があります。
その効果から発見に関わった研究者がノーベル賞を受賞しています。「免疫抑制の阻害によるがん療法の発見」

効果の裏腹に副作用として訳のわからん免疫の異常が起こります。その一部を紹介します。

友人の父が、脳に腫瘍ができて、
肺癌と診断され、脳の腫瘍はその転移であることがわかりました。

この状態の癌は、手術や放射線をすることはできませんから、
抗がん剤での治療になりました。
抗がん剤の中に免疫チェックポイント阻害薬という新しい薬も併用して治療が行われることになりました。

その数ヶ月後、死亡しました。直接の死因は病気ではなく、薬の副作用による胆管炎でした。肝臓から小腸につながる細い管に炎症が起きました。

当時、胆管炎は致死率が高いと評判で(30%とも。今は改善していると聞いたことがあります)、
僕も仕事上で診断したことがあります。が、その方も亡くなりました。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/gee/65/6/65_1102/_article/-char/ja/

他には、最近仕組みが明らかになったらしいのですが、下垂体といって、全身のホルモンなどの内分泌の機能を制御している臓器にも炎症が起きて、機能がおかしくなってしまいます。

https://www.kobe-u.ac.jp/ja/news/article/2021_05_24_01/

腫瘍の中に正常の組織のタンパク質があり、この薬の免疫の増強によって、そのタンパク質への攻撃が逆に強くなってしまうメカニズムが提唱されているようです。

免疫は身体に備わっており、これを活性化することで、理論上あらゆる癌に効果があると考えられました。

責めているわけではありませんが、副作用として正常な臓器に向かって訳のわからん攻撃が起きることまで研究者・開発者は想定していたのでしょうか。

体内の免疫システムは、複数の種類の細胞と、細胞間の情報を伝達する何十種類もの物質などによって絶妙に調節されています。

シンプルな理解だと、がんを敵と捉えるシステムがあれば、それをアシストすることでがんを小さくできるのは明白ですが、
そのシステムの裏に潜む魑魅魍魎の複雑な仕組みは、そんなにシンプルではありません。

自然から生み出される病気の種類は増えなくても、
人間が病気をなくそうとするその試みの中で、新しい病気はこれからもどんどん生まれてくるかもしれません。

僕たちが期待したり予想できることは、とても限られていて、その能力が優れていると錯覚しないことが大事だと思います。