医者が病院を辞めた日②

小さな利益のために、ダイナマイトの上に座ろうとする。

ナシーム・タレブ 反脆弱性

今の僕の生活は、週に数時間非常勤(いわゆるバイト)の医者の仕事があるだけで、ほとんど自由時間です。
大半の時間は、物思いに耽ったり、運動と読書と勉強と散歩しながら、人生のパートナーである鳥と過ごしています。
この生活になってから2年になります。

僕が病院を、辞めたもう一つの理由があります。

知らず知らずのうちに自分のリスクが上がっていると感じたためです。

なんのこと?と思われるでしょう。

そもそも実社会では、「収入は一定でない」のが普通です。

当たり前ですよね、企業で全く同じ売り上げ額だったなんてことはありません。

でも、なぜか職員は、基本給は一定の金額ですよね。せいぜいボーナスで変動する程度です。

一定の金額を受け取ることで、将来の予測が立てやすくなったり、不安が減ったりする一方、僕はこの制度は何かおかしいと思っていました。

労働契約書上は、対等なはずなのに、実質的に、明らかに対等ではない。
契約書上に書かれていない業務が後から追加されても、
「約束が違うから、労働契約が無効です、明日から来ません」というセリフは聞いたことないです。

稀に、辞めるとまでは言わなくても、拒否し続ける人がいますが、それも蓄積していくと、非公式なペナルティとして跳ね返ってくることがあります。

それに、一定の給与を受け取り続ける代わりに、職場内の環境の変化の多くは受け入れなければいけなくなります。
他にも、仕事内容もシステムの中に組み込まれ、組織自体の安定化のために固定化されがちになります。

ここからは思考実験ですが、変わらない状態を何十年も続けていて、
ある日、新技術の登場で、今まで続けていた業務がなくなって、別の業務をしなければならなくなったとしましょう。

新技術の習得や、自分の業務を捨てて雇われ続けるために別の必要な業務がすぐにできるようになるでしょうか?

消滅した仕事は、他の職場でも同様ではないでしょうか、つまり自分が社会で必要とされていない存在になるかもしれないのです。

また、医者の世界では、人間関係のトラブルがキャリアの中断に繋がりがちです。
元々有資格者が少ない上に、各診療科が数人くらいしかいないので、
その中で合わない人間関係が出てくると、いきなりやめさせられる/やめるハメになります。

大人しく上にも従順に従っていた先生が、ちょっとした不和をきっかけに退職してしまい、キャリアをなくしてしまうといった例をいくつか見てきました。

(医者以外の世界でもそうかもしれませんが、医者の場合は我慢できなくなる人が他の職種と比べて多いです。)

一定の給与を受け取り続ける=その他の変化は受け入れないといけないということです。

リスク工学風にいい変えると、人工的に給与の変動を抑えた分、他のリスクが上がります。一定金額の収入に甘えた結果、大きな破滅のリスクを抱え込みます。
あと、上司の言動、周りからの評価みたいなちょっとした変化もリスクになり得る(と考えてしまうことになります)

本来は変動があるはずなのに、不自然な安定を求めるのは良くありません。

出世、医局、住宅ローン、専門医制度、開業、大学院など医者に関わる他のシステムについても同じことが言えます。あるいはこれらが紐づくと、効果が増幅されます。

変化を受け入れないシステムは脆い。
言い換えると、その人は弱い。

組織の中で狼がほとんどいないのは、自己肯定感や強気な性格以前の問題と僕は思います。それらを持ってみかけは強そうに見えても、構造的に脆いし弱い。

このままでは、いつかダイナマイトが爆発する、そう思っていました。

僕は降りることにしました。

そして自分のポートフォリオを、変化を前提としたシステムに組み上げました。

逆に、一定額の収入を捨てて、日々収入の変動を受け入れ、突然自分が破滅に陥るようなリスクを避けることができます。

続く