金を払えば楽になる誘惑

大人になると、お金を払うと大抵のことはやってくれます。
ちょっとしたことでも外注するくせをつけてしまうと、時間の代わりに、学習や満足感という大切なものが得られません。自分でやるという主体性が自動化の社会でもいかに大切なのか説明します。

10代の頃コンピューターを初めて触った時には、本を片手にhtmlのコードを書いて、何日もかかって一生懸命ホームページを作ったかもしれません。

大人になれば、Studioで1時間くらいでスタイリッシュなページが誕生します。

年を重ねて使える金額が増えてくると、若い頃は自分で一からやっていたものはほとんどお金で任せるようになります。

「もうこの年で流石に一からやるのは・・・」という人も多いかもしれません。

一見効率的に思えますが、「自分でやってみる」ことをしないで、結果ばっかりお金でやってもらっていると、何かがが得られないことがわかっています。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1011073/

結構有名な実験ですが、老人ホームで植物の世話を自分でする責任感があった老人の方が、ない老人よりも、健康状態が良くなったという結果が出ています。

つまり、自分でやってみることがないと、不健康になってしまうのです。

また、子猫をメリーゴーラウンドに乗せた時、
メリーゴーラウンドの上で、動けないように固定されていた子猫は、
比較的自由に動けるようにしてあった子猫に比べ、目の前に迫ってくるものがあっても、瞬きをしないなど、目に映っているものの意味が読み取れなかったという研究があります。

僕たちの脳は、どうやら、見ているだけではダメで、自分でやってみないと物事が理解できないようになっているらしいです。(見ているだけならメリーゴーラウンドでどうなるかぐらいなんとなくわかりますよね。)

AIやプログラミング、機械による自動化などで何もかも面倒な仕事が外注され、
自分で一から何かを組み上げるのは、無駄であるかのようなコンサルティングがなされていますが、これは、ある意味学習と満足を奪っているとも言えます。

レシピ本を見ないで、見よう見まねで料理を作ってみる、みたいな行為があると、
その後、レシピ本を読んだ時の理解度が全然違います。

金を払えばショートカットできる誘惑に耐え、回り道をして、周りの人から無駄だと思われることを生活の中に一定の割合で実装しておくというのもいいかもしれません。