競走のスタートで一瞬遅れる子供

ウイルス性腸炎のように下痢、熱、嘔吐など多彩な症状を呈する病気もあれば、
エピソードがとても特徴的で、一つに決まる病気もあります。
スナップダイアグノシスといって、知っていれば一瞬でわかるというものです。

僕が駆け出しの頃、教わったある病気を例に、
どんなに自分が勉強不足であったか、ある種の医者はレアケースへの反応をどのように大切にしているか、その果てに何を感じるのかについて解説します。

患者は10代半ばで、短距離走のスタートなど、瞬間的に動かなくてはいけない状況なのに、他の人に比べて、一瞬反応が遅く足が自分の意図とは別にすくんでしまうという訴えでした。

神経内科の先生は、原因不明としつつ、脳の画像検査を依頼されました。

僕の仕事は、画像検査で、そこに異常があるか、あったとしたら病気はどんなものが想定されるかを提案する仕事で、
病気がなければ「異常なし」と回答することがほとんどです。

しかし、当時の僕の上司は、「異常なし」としつつも、「異常がないので、症状から発作性運動誘発性舞踏アテトーゼ(proxymal kinesigenic choreoathetosis/proxymal kinesigenic dyskinesias)であり、カルバマゼピンなどで治療します。」と記載していました。カルバマゼピンの投与量まで記載されていたと記憶しています。

当時僕は、医師になって5年目でしたが、全くついていけず呆然としました。
「この症状は特徴的だから、稀な病気であってもこの主治医は気づいていないようだから、「異常なし」で終わらさず、反応できねばいけない」

後に文献を読むと、遺伝性であること、15万人に1人の有病率であることが記載されていました。

手元にある別の文献の著者である神経内科の医師によれば、「卒後10年目まで知らなかった」とあり、
それでも、「知っていれば確実に診断がつく、知らないと思いつかない」「自分の知らないことは精神的な症状と片付けたくなる」といった内容のコメントを述べています。
https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1414102104

このケースに反応できる人は、このケース”以外”のレアケースについても吸収を続けているってことですね。

専門医試験直前の1、2週間の勉強では身につけることは難しく、ライフワークにしているのでしょう。

この種の知識は、大勢の人間を救うことはできませんが、
多くの医師が知らない土壇場で一人の患者を救うことができたりします。
ともすれば一生使われないかもしれない状況のために、知識を蓄えているとすると、精神的な報酬がないのに続ける意味とか意義みたいなものが見えているんだと思います

当時の僕はレアケースの知識が大事とは思っていませんでした。
稀な病気なんてほぼ無限にあって覚えるの無理だし、自分の専門外のものについては、専門の人がなんとかしてくれるだろう、そんなふうに心のどこかで妥協していたのかもしれません。

切り替えて、細かい知識でも何が役に立つかわからないと、積極的に収集するようにしました。
その結果、いろんなケースに対応できるようになりました、と言いたいところですが、

収集すればするほど、もっと多くのケースについて知らないといけないことがわかるようになり、
うまくできるようになったという達成感みたいなものは失われ、
自分は何も知らないんだという感覚が強くなりました。