自然にいるとリラックスする謎

木、森、山、川など自然の中にいて、眺めていると、
脳の集中が解かれて、リラックスすることがわかっています。
思考が拡散的になり、発想とかも湧いてくると言われています
このモードのことをデフォルトモードネットワークと呼んでいます。

元々古代人間のいた環境にいるのが人間にとって自然であるから、という説明がなされています。
ただ、映像でも同様の効果があると言われています。
以下、その理由を考察しますが、詳しくないので、研究者の方など、ツッコミやこんな研究があるよとかがあったら教えてください。

僕たちの祖先は、ガラス張りのオフィスや、マンションの一室で一日中モニターを見て過ごすなんて一生は送っていませんでした。

人工物はわずかで、自然の方が圧倒的に多かったんでしょう。

自然から、オーラが発せられている、スピリチュアル的な波動が発せられているわけではないです。
オフィスと森の違いは、像と音だと思います。

オフィスは、画像の要素数が少なく、規則的で、動かないまたは規則的な動きをします。
壁、椅子、モニター、通路、書類ファイルなどは規則的に配列されていますし、模様があっても規則的に並んでいる場合がほとんどです。
むしろ、床のカーペットにコーヒーのシミがあると、目立つでしょう。

一方、森は、画像の要素数が圧倒的に多く、ランダムで配置されており、それらがランダム動きます。形も変わります。
葉っぱ、虫、雫、雲、鳥、土、石、星、波など不規則で、ランダムで、大量の要素がブワッと連続的に動いていきます。
風が吹いたら、それらが一勢にバラバラに動いていきます。

また、音も違います。
オフィスでは、一定の音がリズムで生じたり、音の種類が少なかったりします。
マウスの音、PCの音はもとより、人間の話し声も会話の内容はさまざまなものがあるようで、実際には文法や言い回しなど、再帰的な音の集合です。
この点、音楽も同様です。

一方、森では、音にリズムが乏しく、種類が多いです。
鳥の鳴き声も、リズムがあると思いきやすぐに聞こえなくなりますし、川のせせらぎ、葉っぱが風で擦れ合う音、足で踏みしめた音、など、よく聞くと毎回違います。

以上のように、
オフィスでは、パターン、要素の単純さ、数の少なさ、規則性を持ち、
森では、できては消えていく要素、複雑さ、数の多さ、非規則性で構成されています。

後者は、複雑さにより、人間の認知がフォーカスするのを妨げているからではないのかなというのが僕の仮説です。
葉っぱ数百枚それぞれの動きに注意するのは不可能です。
よって、いったん集中が解かれるのではないでしょうか。

でも、デフォルトモードネットワークの名前通り、元々大半の時間を過ごすのが、森の中みたいな環境で、
オフィスで長時間過ごし、エクセルのブロックに数字を入力し、CSSやJavaScriptでデコられたローマの建築物のようなWebページをスクロールしながら、マンションに帰ってマインクラフトをして寝るというスタイルは例外的だったと思います。
どれも僕たちに理解しやすいデザインをしていますよね。

ウェブデザインの本を見ても、シンプルにわかりやすく表示させることがことさら強調されています。

人間の作ったものは、人間の集中力の範囲の中でデザインされています。
でも、そういったデザインがばかりの環境では、集中力の奪い合い(YahooニュースやYouTubeのデザインを見よ)がおき、慢性的な疲労の状態にいるのかもしれません。だから、公園を散歩して脳をリセットし、生産性をあげよう(笑)というアドバイスが効果的になるのかもしれません。

生き物にとって、至適な環境とは、僕たちの認知機能をはるかに超える、途方もない情報量の環境にいて、たまに集中することなのかもしれない、と考えています。
間違いがあったり、補足があったらぜひお知らせください。