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【読んだ】食べることと出すこと

おすすめ度 ★★★★☆

指定難病である潰瘍性大腸炎に罹患した著者の本。
様々な文学作品の引用と共に、エッセイ的に描かれている独特な作品だった。一つの文が短く、読みやすい。

食べることと出すことは生きる上で当たり前の行為だ。当たり前過ぎて意識すらしない。
それが困難になるのがこの病気だという。

大学三年の二十歳のときだった。
それまではとても健康だった。(中略)自分の体を特に意識したことがなかった。
この「気にしたことがない」ということこそ、健康であることの一番の贅沢であると、今ではよく分かる。

無知の知

潰瘍性大腸炎といえば安倍元総理が罹っていたなと、最初思った。
一度辞めた後で再び総理になってたんだから、治ったんだろうと思っていたが、潰瘍性大腸炎は寛解することはあっても完治することはないらしい。いつどんな形で再発するかもわからない。

初めて知った。
本を読んで、初めて知ることは多い。
自分に縁遠かったものは特にそうで、自分の無知を反省することも度々ある。
これまでも、感覚過敏発達障害社会の格差など、本を通して知り、理解し、共感してきた。それは自分の世界が広がるようでとても充足感があった。

この本も途中まではそう思っていたけれど、徐々にその感覚も傲慢な気がしてきた。
どれだけ本を読んでも、当事者の気持ちはわからない。
努力しても治らない病気を抱えることがどれほどの絶望なのか。読みながら、理解しようとするけど本当の気持ちはわからない。
わかる気がするだけで、本当にわかることはない。
だって当事者じゃないから。

わかる〜私も〇〇だからさ、みたいな軽めの共感なんて、むしろ絶望させるだけかも知れない。
自分にはわからない痛みがある。無知の知。
謙虚でいたいと思った。

一緒に食べるという圧力

本の構成は10章に分かれていて、
前半はタイトル通り「食べること」「出すこと」にフォーカスしている。
なかでも印象的だったのは第4章「食コミュニケーション ー共食圧力」だ。

著者は、病気のため食べられるものが限られている。ただ、場合により食べられるものやタイミングがあり、それは予測もコントロールも難しい。
だから、誰かと飲食をともにすることに非常に神経を使う。

一緒に食べることは、コミュニケーションであり、食べないことは相手を拒否することだと捉えられると著者は言う。
同じ釜の飯を食う、盃を交わす、のように、飲食が人と人をつなげるイメージは世界共通だろう。
食べられない、という立場に置かれない限り、意識もしないことだと思う。

著者は難病という理由があっても、「一口だけでも」「これ美味しいですよ」と周りから求められる体験を語る。
そういうもんか?と思うけど、その人は善意のつもりでやってることなんだろう。

食コミュニケーションは、一般的にはいいこととされる。
私もみんなで飲み食いするのは好きだし、給食が個食黙食なのは可哀想だと思ってしまう。

でも、病気や障害などでその輪に入れない人はいる。そもそも入りたくないと感じる人もいるだろう。

相手の行動を不愉快に思ったときにも、「この人にはなにか、事情や理由があるかも知れない」ということを考える。そして同じ色に染まらないからと言って、排除しない。

ここにも当事者じゃない人の謙虚さや想像力の必要性を感じる。

「病は気から」ではなく、「気は病から」

著者は元々アウトドア派で社交的な性格だったらしい。
しかし、病気によって引きこもりがちになり、神経質にもなった。
本を読むと「そりゃそうなるわな」という状況を理解できるんだけど、そうでない人には心無い言葉をかけられたりする。
「気の持ちようが大切」「明るくしていたほうが病気にもいい」みたいな。

私も身体が弱いので、かなり共感しながら読んだ。
「病は気から」っていうやつは大抵元々身体が強い。

しかし、この方は病気の影響から、他の様々な疾患にも煩わされており、壮絶さは比にならない。淡々と書いてあるが、自分に起きたらと思うとゾッとするようなことばかりだ。

前向きになれないことを否定しない

一冊を通して、決して明るい話ではなかった。
著者も、前向きに綺麗に話を終わらせていない。どちらかというと唐突におわる。病気も落ち着いているけど、治るわけではない。

あえて。なのだと思う。

悲しみから立ち直ったり、絶望の中で何かを見出すような話でもない。そういう話を期待して読む人にはウケないと思う。

だけど、前向きになれないことを受け入れる事はできるようになると思う。
この本を読んで「ダメよ!それでもポジティブに考えなきゃ!」なんて言える人は、頭のネジがぶっ飛んでいる。

病気に限らず、他人を自分の尺度で否定したり、非難することの危うさを少し考えられるきっかけになると思う。

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