[ 一緒がいいね ]:シロクマ文芸部(変わる時)
↑↑コチラの企画に参加しました
自分の中で、なんだか今までと少し違った感じのショートショートになった気がしています
新境地を迎えられたステキなお題を、ありがとうございました😊♪
[ 一緒がいいね ]
「変わる時だと思うんだ」
相方から久しぶりに届いたLINEには、それだけが書かれていた。
それを読んで「遂に来たかぁー」が最初に思ったことだった。
高校を卒業と同時に、相方と俺はお笑い芸人になるため上京した。
進路指導でふたり同時に「お笑い養成所」への進路を提出したときは、学校中がざわついた。
ざわつきの殆どが「やっぱりね」「そうだと思った」だった。
文化祭や体育祭、修学旅行など、余興のようなものができるチャンスがあれば必ず相方と俺はみんなの前に立って笑いを取っていた。
漫才、コント、ものまね、なんでも器用にこなし、どんな状況でも全生徒を爆笑の渦に巻き込むことができた。
周りのみんなも先生からも、お笑い芸人になることが当たり前のように見られていたし、期待もされていた。
もちろん、自分たちも自信に満ち溢れていた。
ま、でも、それが幻想だと気づくのに、2週間は掛からなかった。
養成所に集まった全国の学校の面白い奴らを前にして、自分たちがやってきたことが、いかに内輪のネタでお遊びの延長だったのか、痛いほどに感じ取れた。
才能のかけらもありゃしない。
そんな中でも、なんとか今日まで続けて来たけれど、理想と現実のギャップは絶望的にハンパない。
今年、俺たちは30歳になる。
好きな仕事を選べる限界は20代までだろう。中途採用で、まずまずのところへ就職できるのは高く見積もっても35歳が限界だ。
30歳、確かに変わる時なのかもしれない。
俺だって薄々感じてたことだ。
逆に、言ってくれたことに、感謝するべきなのかもしれない。
でも、改めて相方から言われると、なんだか複雑な思いになる。
相方からLINEが届いたのは昨日の夜、その後、夜のバイトへ行って、帰ってきて寝ている時に、ここに来るようにと再びLINEが入った。
待ち合わせはカフェだった。
普通はドリンクバー付きのファミレスで待ち合わせるのが殆どだったが、相方のクセで、なにか込み入った話があるときは、決まってこのカフェを指定してくる。
気が気じゃない俺は、待ち合わせ時間よりもだいぶ早く着いて、ひとりで考えを巡らせているのだ。
他のことには気が回らなかったのだろう、席に座って気がつくと、なぜか俺のテーブルには普段目にしたことのない代物がVentiサイズで乗っている。 「ストロベリー ラベンダー ティー ラテ」というものらしい。俺は、メニューで目についたものをテキトーに頼んだようだが、一杯のドリンクで、夜のバイトの時給が半分以上が消えた……とても甘い、が、とても美味い。
話を戻そう。
変わる時だと俺も思う。
だけど……、正直な気持ち、お笑いを続けたい気持ちもある。
あと3年M-1の出場権も残っているし……まぁ、1度も2回戦を突破したことないのだけれど。
30歳前半なんて、まだまだ若手だし……まぁ、後輩に年収越されてるのだけれど。
……………。
やはり、変わる時なのかもしれない。
相方が、そう決断したのなら、俺はそれに従おうと思っている。
だって、相方無しではお笑いなんてできないから。
ネタは相方が作る。俺はそれを一所懸命演じるだけ。
相方と一緒だから、ここまで来れた。
ひとりでは無理。他の奴でも無理。
それは揺るぎない。
だから、俺は相方と一緒がいい。
いや、一緒じゃないなんてありえない。
なんたって、一緒にいると楽しいし。
そうだ、それだ。
どれだ?
お笑いを続けるのは、相方と一緒が大前提だ。
それが大前提なら、地元に帰ったっていいじゃないか。
相方がいれば、会社の余興でも町内会の催し物でも、寺の子ども会でもお笑いはできる。
そうだ、なにもここに拘る必要はないんだ。
そうだ、そうなんだ!
───そうなん、だけど…。
「よっ」
相方が目の前の席に座った。
「おう」
相方が来たことに、声をかけられるまで気づかなかった。
「暑いね」
「そだね」
「雨、降るかな?」
「えっ、傘持ってない」
「貸してやるよ」
「お前と相合傘は遠慮しとく」
「バーカ」
「たわけ」
そんな、なんか白々しい会話が続いた後で、ふたり同時に飲み物を口にする。
どうやって飲むのが正解? 甘いし、でも美味しい。
「LINEのことだけど」
少し、不意を突かれた。
心臓が「バクン」と鳴った。
「俺たち、変わる時だと思うんだ」
いよいよ来た。
従おう、相方の考えに…………。
そして相方は言う、
「お前、ボケ担当になれ、俺が突っ込む」
────。
俺は、徐に「ストロベリー ラベンダー ティー ラテ」をひと口、口に流し込んだ。
そして、飲み込んだあと、
”プッ、ハーァーーーーーーー……”
と、深い息を吐いてから、
「よかった〜……」
と、自分でも、心の奥底から出たそんな言葉に少し驚いた。
驚いたのは相方も一緒のようで、
「えっ、そんなにボケやりたかったの?」
「そうじゃないよ……、やめるのかと思ったから、お笑い」
「えっ」
と、相方は少し驚いた表情をしたあとすぐに立て直して、
「ホラそれ、その変な発想が、まんまボケじゃん」
「えっ?」
「唇の上にもクリームついてるし」
「えっ、あ、ア、ハハハハハァ……」
なんで俺、相方の前で照れ笑いしてんだ? と思いながら口の周りを拭いた。
「やめたいの?」
不意に聞かれたので、首をおもいっきり横に振る。
「じゃぁ、ボケとツッコミ、変えてやってみよう」
と言いながら、相方はネタ帳をテーブルに置いた。
「新作だ、これで一旗あげようぜ。お前と俺でな」
なんだかカッコイイ相方を眺めながら、
「お、おう」
と言った俺の目に、意気揚々とネタ帳を広げようとして自分の飲み物をテーブルの隅に寄せる相方の姿が映った。
相方が手にしていたのは「ストロベリー ラベンダー ティー ラテ」のVentiサイズ。
(あ、相方も、一緒か……)
と、心で呟いたあと、少し、心が熱くなった。
おい、ツッコミ担当なら、ここは突っ込むとこだぜ、相方。
カブってるやん、飲み物も、気持ちもな。
おしまい
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