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ワーク&ライフスタイルローテーションによって地方にもたらされる新たな価値

平下 貴博
北海道日建設計 都市設計室
次長

コロナパンデミックにより働き方や住まいに関する価値観が変わり、テレワークを支える技術の進展やインフラの普及もあいまって、郊外・地⽅への移住あるいはオフィス移転を考える個⼈や企業が増加する可能性があります。個々人のライフステージで求められる役割に適した場所で仕事を続ける「ワーク&ライフスタイルローテーション」によって、個人と企業が新しいWIN-WINの関係を築くことができれば、地方に新たな価値をもたらすことが可能となるのではないでしょうか。
筆者のコロナ禍の経験を踏まえて考えてみたいと思います。

COVID-19の影響による生活意識・行動の変化

内閣府による最新の調査に、COVID-19の影響による人々の生活意識・行動の変化に関して示唆に富むデータが多数ありました。①「家族の重要性をより意識するようになったこと」「家事・育児への向き合い方が変化したこと」②「テレワーク経験者は、ワークライフバランス、地方移住に関する意識が変化した割合が高いこと」などです(図1)。

図1 生活意識・行動の変化_1

図1 生活意識・行動の変化_2

図1:生活意識・行動の変化

「ワークライフバランスの確保」に対する高い潜在ニーズ

首都圏から地方への移住については、COVID-19以前からそのニーズや動きが少なからず存在していたかと思います。内閣官房の調査(令和2年移住等の増加に向けた広報戦略の立案・実施のための調査事業)によると、地方圏での暮らしに対するポジティブイメージとして、自然豊かな環境やワークライフバランスがとれた暮らしなどがあるようです。一方、同調査内のグループインタビューによると、①移住に際しての不安・懸念として「仕事」に関する不安が大きいことや「病院の有無」などの回答があること、また②移住の障壁として「切迫した状況(親の病気、震災など切迫した状況、結婚・出産などライフステージの変化など)」がないとなかなか移住に踏み切れないことなどの回答から、 現実には移住行動が難しいこともわかります。
ただ、今回のコロナパンデミック(切迫した状況)で外出自粛を経験し、3密の回避が刷り込まれた私たちは、健康や公衆衛生への意識が高まりました。また、否応なしにリモートワークを強いられたことで「働く=職場に行く」という意識とスタイルからも解放されました。
これらの経験が「潜在的な移住ニーズ」から「現実的な移住行動」へと人々を動かす契機になるかもしれません。その際、身近な生活圏の中に、ワークライフバランスを保つために利用する豊かな自然環境があることの価値がより高まるのではないでしょうか。

「職」と「遊」が近くにある「日常の暮らし」の価値

筆者は札幌に住み、自宅から車で10分ほどの場所に「市民農園」を借りて、家族とともに自然に触れる機会を楽しんできました。在宅ワークが新しい日常になりつつある中で、通勤等に要していた時間を利用し早朝畑で一仕事こなしてから勤務スタートするなど、それまで「週末のレジャー」であったことが、少しずつ「日常」になり始めました。子供の「食育」のつもりで始めたものですが、孫のようにかわいがってくれる他の利用者の方々とのふれあいなども貴重な時間となっています。
「農ある暮らし」は防災面でも価値があります。2018年9月に胆振東部地震によるブラックアウト(全域停電)が起こった際は、発災以降1週間ほど生鮮品の流通が滞りましたが、たまたま畑は実りの最盛期、枝豆やトウモロコシを収穫し貴重な栄養源として、食料自給に役立ちました。
上記はあくまで一例ですが、郊外や地方では「自然が近い」ということを積極的に生かすと、職・住・遊が近接し、レジャーを特別なものではなく、普段の日常生活・時間に取り込める豊かなワークライフバランスが実現できそうです。

「オンライン●●」による新たな可能性

一方、大都市圏との教育や医療環境の相違などがハードルとなって地方への移住・移転が進まなかった側面もあるでしょう。これについては、自粛生活の中で未就学児の娘がオンラインでの英会話教室に参加する様子を見て、IoT技術の導入に教育の明るい未来を強く感じました。医療もオンライン診療の普及が検討されています。もちろんオンラインは完璧ではありませんが、地方と大都市圏でこれまで「格差」と言われてきた各種のサービスや環境の相違を一定程度解消できるのではないでしょうか。

個人と企業がwin-winとなる「ワーク&ライフスタイルローテーション」

他方、働き方の面では、これも筆者の経験ですがCOVID-19以降、地域を超えたミーティングへの参画機会が増加しました。これまで物理的距離を理由に参加できなかった会議やワークショップも、参加者全員がオンラインのため違和感なく参加できるようになり、『どこの地域の仕事にでも従事することができる』『課題解決のために他の地域からもサポートを得られる』可能性を強く感じました。
今後、多くの企業が、大規模な自然災害リスクをはらむ大都市圏への一極集中に対する企業活動のリスクヘッジ(BCP確保)の観点から、テレワークをベースとした地方拠点へのリソースの分散を検討するようになるかもしれません。
こうした動きは「100年ライフ」の時代における個人にとっても歓迎すべきと考えます。長い人生の中では、こどもができたら豊かな自然の中で育てたい、こどもやパートナーの希望に応じてまた別の地域を拠点としたい、経験を生かして地方でチャレンジしたい、いずれはふるさとの両親の介護をしたい・・など、地方圏での暮らしを検討する理由やタイミングが少なからずあると思います(図2)。これらを実行するためには、COVID-19以前は「離職」が必要な場合があったかもしれませんが、今後は仕事を継続しながら住む地域を選択するようになるのであれば、企業にとっても必要な人材を確保し続けられるというメリットがあります。

図2 地方圏での暮らしを検討する理由

図2:地方圏での暮らしを検討する理由

近年では移住のみならず「ワーケーション(Work+Vacation)」や「マルチハビテーション(多拠点生活)」といった考え方も登場しています。これらも含めてwith/after COVID-19の時代は、個人と企業が新しいWIN-WINの関係を築くことができる「ワーク&ライフスタイルローテーション」が、従来とは異なる積極的な「地域と仕事の選択」を可能とし、人口減をはじめとして多くの課題を抱える地方に新たな価値をもたらす可能性があるのではないでしょうか。

図 ワーク&ライフスタイルローテーション

図3:ワーク&ライフスタイルローテーション


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平下 貴博
北海道日建設計 都市設計室
次長
札幌創世スクエア、大同生命札幌ビルなどの再開発コンサルティングや大通地区再生検討などのまちづくり業務に従事。技術士(都市及び地方計画)、一級建築士。

図1:内閣府 政策統括官(経済社会システム担当)「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(令和2年6月21日)(https://www5.cao.go.jp/keizai2/manzoku/pdf/shiryo2.pdf)より加工して作成
図2:内閣官房まち・ひと・しごと創生本部「移住等の増加に向けた広報戦略の立案・実施のための調査事業 報告書」(令和2年5月15日)(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/pdf/ijuu_chousa_houkokusho_0515.pdf)より加工して作成



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