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コンピュテーショナル技術でオープンエアかつ多様な環境のオフィスを実現する

原田 尚侑
日建設計 設備設計グループ 環境デザインスタジオ・CEEL
環境エンジニア

日建設計では様々なチームがコンピュテーショナルツールを扱っていますが、その一つにCEEL(Computational Environmental Engineering Lab)というチームがあるのをご存じでしょうか。
CEELは、風・熱・光・音・エネルギーなどに関する建築の環境要素を読み解くプロが集う環境デザインスタジオというグループに所属しており、環境コンピュテーショナルツールを扱った環境提案を行うチームです。2016年ごろから現在に至るまで徐々に活動の場を広げてきました。
主な活動は、grasshopper等のプログラミングをプラットフォームとした環境解析・環境提案がメインで、環境を可視化・数値化・最適化することで、快適で居心地の良い空間や、環境にやさしい空間を、エビデンスインフォームドに実現するためのサポートを始めとし、以下のような活動を行っています。

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具体的には、以下のようなフローで業務を進めることが多く、設計者や事業主と打ち合わせをしながら、建築形態やシステムのパラメーターを設定し、その後grasshopper上で環境解析をカスタマイズして実行、出てきたアウトプットを整理・分析して、設計者や施主に報告するためのアウトプットを作成しています。

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環境を重視する傾向は年々高まってきています。建築が「人が心地よく過ごすための器」であると考えると、建築にとって環境は非常に根源的かつ普遍的なものであるといえます。CEELは先端的なツールを扱いながら、環境のベーシックな側面を大切にしています。
さて、今回の投稿では、このCEELが中心となって提案した「Open-air & Environmental Characterized Office」のコンセプトをご紹介したいと思います。

1.コンセプト

画一的ワークプレイスから多様なワークプレイスへの変化
IT環境の整備によって、仕事は会社だけでなく、様々な場所で行うことが可能となりました。コロナ禍では、在宅が大きな割合を占める方も多いでしょう。コロナが落ち着いた後も、場所の選択肢はますます増えると思います。
このような状況下で、人々は様々な空間での仕事を体験し、自分の好きな空間や環境を発見していくことになるでしょう。あるいは、午前中は自宅、午後は会社で、など自分の好きなリズムを見つけた方もいるかもしれません。人によって好きな環境というのは実に多様です。
そのような様々な空間や環境を、オフィスの中でも体験し、どんな人でも、自分の好きな環境を見つけ出すことができるような、あるいは自分のリズムに合わせて移動しながら働けるような、多様で楽しげなオフィスを提案したいと思いました。
それは、これまでの画一的なワークプレイスでなく、大きく環境の幅を持たせた、多様性のあるオフィスです。

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オープンエアと分散コアにすることで生まれる多様な環境
これまでのオフィスは外周が全てファサードに囲まれていましたが、そのファサードを内側に入れ込んでいき、さらにコアを分割することで、半屋外的な空間も含めたオフィスを提案しました。

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具体的には、設計開始時に建物外周の環境を可視化する「Pre Simulation Analysis」、中盤でプランの様々なオプションを総当たりで検討する「Parametric Analysis」、後半ではアクティビティごとに適切な環境を定義し、エリアごとのアクティビティをリコメンドする「Environmental Characterized Analysis」を行っています。

これら各ステップの解析の特徴を説明します。

2.解析プロセス

設計スタート時に敷地の環境ポテンシャルを明らかにする「Pre Simulation Analysis」
建物の設計をスタートする時、その敷地の環境情報は意外と分からないものです。風はどのように流れているか、年間を通して光はどれくらい入るのか、室内から空や自然を眺めることができるのか。敷地が持つこれらの環境ポテンシャルを予め可視化し、設計開始時から環境情報を考慮しつつ、コアの位置やファサード性能などの設計を進めることができると考えました。

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今後、環境がより重視されていく社会では、この手法は設計のみならず、事業主が土地を選ぶ段階でも役立つと考えています。

様々な可能性を網羅的に検討する「Parametric Analysis」
設計では様々な選択肢が発生しますが、設計者だけで全ての選択肢を検討するには限界があります。ここで説明する網羅的な分析手法では、膨大な数の選択肢を発生させ、それらの環境的特徴を可視化して取捨選択し易くすることを可能にします。
ここでは分散コア配置の検討を例にとります。コア同士の距離などに一定の条件を与えながら、コア位置を変数にして選択肢を設定し、各選択肢の環境解析を実施して数値化することで、その環境の特徴を割り出し、選択肢を絞っていきました。

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なお、この手法では、遺伝的アルゴリズムという論理を用いることで、自動的に選択肢を絞っていくことも可能です。設計者とのディスカッションを通じて意図をくみ取り、ツールの選定やモデリングでの協働をおこなっています。

多様な環境をうまく使いこなすための評価手法「Environmental Characterized Analysis」
人の好みは様々であるからこそ多様な環境を用意することが大事ということはすでに述べた通りですが、アクティビティによっても適切な環境にはある程度の幅が存在します。設計者はそれに応じた設えを想定する必要があります。
そこでCEELでは、環境要素(音・光・視野・風・熱)に分けて、アクティビティに応じた適切な環境の幅を以下のように定義し、それに応じてオフィス内のレイアウトをリコメンドすることを考えました。

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具体的には、オフィス内の各環境要素を環境解析により可視化した後、エリアごとの環境が各アクティビティに対してどの程度適合しているかを5段階で点数化し、点数の最大となるアクティビティをリコメンドする仕組みとしました。
各エリアの特性に応じて点数のレーダーチャートを作成し、設計者はこのリコメンドされた内容に応じて、アクティビティのレイアウトを考えていくことになります。

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実際にはどの空間でどのようなアクティビティを行っても良く、利用者の使い方に任せたいと考えています。僕自身も、休憩スペースとして分類されている屋外に近い空間で、リフレッシュしながら仕事をしたい気分の時もありそうです。

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各アクティビティに対する環境の定義はまだ開発段階であり、実測調査やヒヤリングを通してより確かなエンジニアリングを目指していきたいと思います。
今後は、この提案のプロセスを一つの大きなビジネススキームととらえ、公共空間や商業施設など、様々な用途や事業主の要望に対応できるようにカスタマイズしながら、展開していく予定です。
なお、本提案は一般社団法人 建築環境設計支援協会におけるSABED環境シミュレーション設計賞2020【社会人部門】にて最優秀賞を受賞しました。提案内容の詳細はこちらをご覧ください。

3.今後の展開

コロナ禍での一つのソリューション「オープンエアオフィス」
この提案はコロナによって世の中の状況が大きく変わる前からアイディアを温めていたものですが、オープンエアの考え方は、自然を積極的に取り込むことで密な閉鎖的空間を避け、感染リスクを抑えた安心できるオフィスとなる可能性を秘めており、今後の展開が期待されるところです。また、多様性を重視し、個人が働きたい場所・時間を自由に選ぶようになれば、自然と密な状態を避けることに繋がるのかもしれません。ここで紹介したようなパッシブな手法と、noteの他の投稿に登場する、空調設備を用いたアクティブな手法とを組み合わせて、感染防止に対応していくことが求められると考えます。とはいえ、コロナを恐れて現実的な解決策を探るだけでなく、安全でありながら楽しめる要素もある空間づくりが大切だと考えています。

利用者自身が調整する思想
オープンエアの空間は当然外部と繋がっており、一定の環境を保証するものではありません。
外の風が強い時には、相対的にオープンエリアの風も強くなります。冬場は日射が当たらなければ、寒くなる可能性もあります。外が騒音でにぎやかなこともあるかもしれません。
それらを、局所空調や風や音を減衰させるファサードなどでハード的に対応することも当然大事ですが、一方で、これからの社会では、暮らし方の工夫によって解決する手法も考えられるかもしれません。例えば、風はパーティションのような什器で和らげる、音はノイズキャンセリングのイヤホンで解決、寒さに対しては高機能な下着を着たり、屋外用のヒーターで対応できるかもしれません。または、時間帯や天候によって、人が移動し解決できることもあるでしょう。
以上のような、利用者自身が環境を上手く調整しながら使いこなす思想というのが、このオープンエアには必要になり、これからの建築環境のあり方として大事な考え方になると思います。
もちろん、そのような中で、ソフトに頼り切った単なるがらんどうが答えではなく、オーソドックスな環境手法を研ぎ澄まし、洗練されたハードというのを目指していきたいと考えています。

だれもが使えるオープンソース
CEELが扱っているツールは、その多くがオープンソースによるものです。インターネット上で調べれば誰もが基本的な使い方を理解できます。そのような世の中では、ツールを使いこなすことを競い合うのではなく、オープンソースの環境を活かして、その使い方を広め、楽しみ、高め合うことが大事だと思っています。
その一方で、どのフェーズで何をどのように使いこなすか、あるいは、得られたアウトプットをどうわかりやすく説明するか、またアウトプットの確からしさをどう判断するか、といった能力が重要になってくるでしょう。
コンピュテーショナルツールは今後もますます活用の場が広がっていくと考えます。設計のアイディアも大事ですが、それと同様にどう実現するかのノウハウやプロセスが大事になり、そこでこのツールは活躍していくことになりそうです。
また、コンピュテーショナルツールを使いこなすには、様々な情報をわかりやすくデジタライズする必要がありますが、一方で環境を扱うエンジニアとしては、数値化できない部分にも興味があります。数値化できない雰囲気のようなもの、あるいは個人の好みのようなもの、それらも最終的には数値化できてしまうのか。このような技術を駆使していった先に、より人間らしい何かがが浮かび上がってくるようにも思います。

何か役に立ったこと、共感できること、すごいと思ったことがあった方は、「スキ」を押していただければ幸いです。最後まで読んでいただきありがとうございました!


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原田 尚侑(Naoyuki Harada)
日建設計 設備設計グループ 環境デザインスタジオ・CEEL
環境エンジニア
2015年早稲田大学大学院建築学専攻を修了後、日建設計入社。銀行、研究施設、スタジアム施設、空港施設、オフィスの設備設計に関わったのち、CEEL(Computational Environmental Engineering Lab)を自ら立ち上げ、現在、コンピュテーショナルツールを用いた環境解析や新たな環境提案を推し進めている。みやこ下地島空港ターミナルでは設備設計及び環境提案を担当した。


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