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インダストリアル建築の進化と未来|vol.02

五十君 興
日建設計 設計監理部門 設計グループ
デザインフェロー

インダストリアル建築は機能上巨大な建築になることもあります。大きさはインダストリアル建築の魅力のひとつでもありながら、社会に対する影響が強い建築です。巨大なインダストリアル建築の在り方の事例として羽田クロノゲートと東京都中央卸売市場豊洲市場を紹介します。

今までにない物流施設をつくる「羽田クロノゲート」

2009年、ヤマトホールディングスから与えられた課題は今までにない物流施設を造ること、そして物流業界そのものの社会的立場をもっと高いものに引き上げたいということでした。そのために提案したのが物流施設だけでなく市民に開かれた地域貢献施設を造り物流をもっと身近なものにすること、そして徹底的に環境にやさしい建築にすることでした。最寄り駅の京急穴守稲荷駅に近く、昔からの漁師町の風情も残る敷地南側に、誰でも自由に入れる地域貢献エリア(和の里)を計画し、レストラン、宅急便営業所、託児所、体育館そして物流エリアへのエントランス棟を設けました。これらの施設の平面形状はすべて円形で外壁が同じ角度でせり出す平屋ですが、それぞれ最も適した構造で設計され里山をイメージしたランドスケープの中に配置しています。地域貢献エリアの奥に配置された長方形平面の物流棟は地上7階の免震構造で低層階には最先端のマテハン設備が実装され全国からの宅急便がここに集約され都内の営業所向けに仕分けされます。また関東エリアから集荷された宅急便が集まり発送される物流拠点です。上層階にはヤマトグループの各社が入居し、1階の宅急便エリアへはスパイラルコンベアで荷物を動かすことも可能となっています。建物全体でヤマトグループの多様な物流サービスを効果的に活かし物流の付加価値を高めることができるように計画されています。特筆されるのは事務所や食堂などの機能が事務棟に集約され、物流棟とは吹抜けを介して一体に計画されていることです。物流施設で働く人たちのWellnessの向上と様々な職種の人たちが交流できる場を用意することでヤマトグループの中での一体感や組織を超えたイノベーションを誘発することを考えました。クロノゲートが完成した2013年以降、クロノゲートのコンセプトに近い地域開放や付帯設備を設けた開発事例も現れ、物流施設がさらに進化していることは嬉しい限りです。クロノゲートは竣工10年を経て地域に親しまれながら物流施設としての先進性を保ち、物流の付加価値を高めています。見学者を受け入れるビジターツアーは連日満員の状況が続いています。

写真1 地域貢献施設から物流棟を見る
写真2 物流棟1階のコンベアライン
写真3 物流棟と事務棟の間のアトリウム空間

世界に類をみない巨大な閉鎖型市場「豊洲市場」

80年以上東京の食を支えてきた築地市場が、2.5キロ離れた豊洲地区に移転し再構築されたのが豊洲市場です。「市場」は都市発生の起源であり、都市中心に位置し賑わい活力の象徴ですが20世紀に入りロンドン、パリ、ニューヨークなど大都市ではモータリーゼーションによる都心部の再構築に伴い、周辺部へ大型市場が移転しています。幸い東京では都心部で移転が完結し都市再生できた非常に特異なケースとなりました。築地市場は江戸の食文化の中心と密接な関係を築いてきました。築地市場から豊洲市場への移転は日本の食文化を受け継ぐ都市更新の事例ともいえます。インダストリアル建築としての卸売市場は、施設の巨大さ、騒音、臭気、混雑、渋滞などネガティブなイメージを持って受け止められてきかもしれません、豊洲市場はこれらのイメージを一新し、周辺の環境や景観に配慮し人々にも愛される賑わいのある施設であるとともに、これまで培われてきた魚の目利きなどプロの技を発揮できる場を目指しました。
衛生意識の高まり、EC(イーコマース)や量販店の躍進による物流の効率化など、卸売市場は多様な顧客ニーズへの対応が求められています。安全安心な食材を提供するために、売場内への車両の乗入れをやめ、侵入防止と屋外塵埃を遮断するため建物の外周部を閉鎖し全館空調としています。このことによりコールドチェーンを切ることなく食材の品質を保ちながら生産地から消費者へ届けることが可能となりました。また激しい使い方でも長く使われる施設として頑丈で耐久性のある材料・ディテールとし、十分な耐震性の確保、BCP対応の非常発電・太陽光発電を設けています。
豊洲市場は水産物部・青果部からなる総合市場であり、街区をまたいでも一体感のあるデザインとしています。サインや色彩計画を統一するだけでなく外観上も短冊状の曲面屋根を共通要素として展開するなど、巨大な建物の威圧感を和らげながら統一感のある屋根とし、短冊の隙間はデザインだけでなく隙間を利用して給排気口を取るなど機能的にも活用しています。
豊洲地区はかつて石炭からガスを造る工場があった場所で、エネルギー変換が進み遊休地として開発が遅れていたエリアですが、東京湾に面し親水性の豊かな敷地でもあり、その立地を活かしながら開かれた市場になるように、水産仲卸売場棟の屋上を緑化し、市場内の見学者動線と屋上広場、そして護岸の緑地や賑わい施設に回遊性を持たせています。機能面では先進的な閉鎖型市場でありながら、都市に対しては開かれた市場としてパブリックスペースを引き込んでいることは、インダストリアル建築の未来像として捉えることができます。2018年10月多くの社会課題や議論の末に豊洲市場は開場しました。2024年2月には隣接するエリアに商業施設「豊洲 千客万来」も開業。築地市場の再整備が動き出してから実に30年近くの年月がかかったことになりますが、ダイナミックな東京と日本の食文化を体験できるインダストリアル建築と商業施設が融合した観光スポットとなっています。

写真4 豊洲市場全景
写真5 水産卸売場棟外観 豊洲市場の周りは水辺の公園になっている
写真6 水産卸売場棟のマグロセリエリア 見学者は一段高い位置からせりの臨場感を味わえる
図1 豊洲市場と銀座1丁目~8丁目のSame Scale

五十君 興
日建設計 設計監理部門 設計グループ
デザインフェロー
1983年日建設計に入社。単体の建築だけでなく、複合化された都市レベルの巨大建築設計まで広範囲に手掛ける。「成田空港旅客ターミナルビル」「明治イノベーションセンター」「羽田クロノゲート」など空港ターミナル、研究施設、物流施設において時代の先端を切り開く施設を設計。医薬品・食品・電子機器などの工場・研究所をはじめ、長野オリンピックフィギュアースケート会場「ホワイトリンク」のようなアリーナ、重粒子線がん治療施設「佐賀ハイマット」なども手掛ける。JIAサステナブル建築賞、公共建築賞、日経ニューオフィス賞などを受賞。

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