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インダストリアル建築の進化と未来|vol.03

五十君 興
日建設計 設計監理部門 設計グループ
デザインフェロー

インダストリアル建築の新しい姿として、まったく違う機能を複合した建築や、特定のクライアントに特化したものではなくレンタルという形態で計画されたものも生まれてきています。複合化、汎用化の潮流がインダストリアル建築の未来を予感させる事例としてヤマト港南ビル、香港AMCの2件を紹介いたします。

都市型物流施設の新しいかたち「ヤマト港南ビル」

宅急便営業所と社員寮であったビルを取り壊し、ヤマトグループ100周年を機に、未来の「運ぶ」を創るというこれからのヤマトグループを語れる建築にしたいという依頼から計画がスタートしました。最終的には宅急便営業所と100年の歴史をたどる「クロネコヤマトミュージアム」、研修施設やカフェが共存する建築となりました。高浜運河沿いの比較的狭い敷地に物流機能と美術館・研修所が合体する建築を実現するために提案したのが外周を取巻くトラック車路とその中に並走するらせん状のミュージアムという構成です。複数階の物流施設では円形自走式ランプが効率的ですが、狭い敷地では半分以上がランプ面積になってしまいます。そこで敷地外周に車路スロープを設けることから検討を進めました。本敷地の外周に添った車路で外周を半周することで1層分、つまり1周で2層分上がることになることから、車路と車路の間が1層分空いてしまいます。このスペースにスロープ状の展示空間を挿入することで立体的に物流車路スロープとミュージアムを効率よく共存させることにしました。建物は10階建てで、平面上の中央に10層分のフロアがあり、1~5階は集配エリアの荷捌きスペースで、6階はクロネコヤマトミュージアムのエントランス、7~10階は事務所と研修所になっています。下層階は集配エリアをつなぐ車路とミュージアムがらせん状に取り付き、そのスロープ状の空間は上層階まで用途を変えながら地上50mまでつながっています。人と車、展示空間と物流車路、異なる機能が平面で分割されるという単純な区切りではなく、立体的に共存していることがこの建築の複雑さでもあり豊かさでもあるといえます。敷地に制約のある都市に建つインダストリアル建築の新しい姿です。ヤマトグループ創業100年となった2019年に竣工、その後2020年7月にオープンしたクロネコヤマトミュージアムは無料で一般公開されているので、ぜひこのユニークなインダストリアル建築を体験していただきたいと思います。

写真1 旧海岸通り側の外観 黒い斜めのスリットが車路
図1  平面図 8階:研修所/オフィス  4階:集配センター/ミュージアム
図2 断面図 ミュージアムの順路は6階から降りていく一筆書き
写真2 らせん状の車路と車路に挟まれた部分がステップ状のミュージアムとなっている
写真3 建物の外周をまわる車路

時代を先取りしたレンタルファクトリー「香港AMC(Advanced Manufacture Centre)」

ワンストップで研究開発から生産、物流まで可能な次世代型生産拠点をあらかじめ用意し、将来性のある複数テナントを誘致する狙いで計画された香港AMCはいわゆるレンタルファクトリーです。日建設計はIndustry4.0設計コンサルタントという役割でプロジェクトに関わりました。 テナントとして想定したのは、ライフサイエンスやロボティクスなど、今後成長が期待される5分野※のスタートアップ企業です。各分野の製品は、医療機器・スマート電子機器・ロボットなどで、製造方法の共通項はありません。マルチテナント型施設の場合、テナントごとに異なる生産条件を吸収し標準化してテナントの入れ替えや生産設備のレイアウト替えをしやすくする仕組みが必要です。 土地が狭い香港では、建築を高層化することが求められますが、工場として使いやすく建設コストも抑えられる中層9階建てを提案しました。生産フロアを12m×12mスパンにモジュール化。レイアウト替えが容易でフロア全体貸しにも部分貸しにも対応可能な均等グリッドプランとしています。また標準的なMEP(機械設備・電気設備)を最大公約数として提供し、各テナントの個別オーダーはオプション対応とすることで、無駄がなくフレキシブルな施設としています。スペアの設備スペースやルートを確保し、空間の転用やMEPの増設を可能にしておけば、異なる生産条件にも柔軟に応えることができます。 物流システムは1階に集約、トラックバース、物流専用廊下、荷物用エレベーターや自動倉庫、無人フォークリフトなどを共用化し、オペレーションを3PL(サードパーティロジスティクス)業者に委託することで各テナントの要求に合わせたジャストインタイムの入出荷が可能となりました。

※香港AMCが対象とする5つの成長分野:
1)医療、健康産業用機器
2)バイオメディカル器具
3)スマート電子機器、光学機器
4)スマートセンサー、半導体パッケージ
5)ロボ・エレクトロニクス、スマートエネルギー機器

香港AMCが竣工した2022年、インダストリー4.0が提唱され10年以上が経過し、「ネクスト・インダストリー4.0」の議論が活発化しています。新たに加わったコンセプトは「持続可能性」「強靭化」「人間中心」。中でも注目されているのが「人間中心」です。AIやロボットによって、生産現場の単純作業が自動化されるようになった分、人間は人間にしかできない創造的な仕事に時間を費やすことができます。「モノ」や「情報」だけでなく「人」の繋がりが技術革新を促す上で重要になってきているのです。 異業種の人たちが出会い交流するうちに新しい技術や製品が生まれるかもしれない。こうした狙いで香港AMCでは共同利用できるスペースや緑化されたリフレッシュゾーンを設けています。香港AMCは時代を先取りした「工場版シェアオフィス」と言えるのではないでしょうか。


図3 断面パース 各階のレンタルファクトリーユニットは中央部の物流機能を共同で利用できる
写真4 外観夜景 手前の街区とブリッジでつながっている
写真5 レンタルファクトリーの内部 12m×12mスパン 階高7mで自由度が高い

五十君 興
日建設計 設計監理部門 設計グループ
デザインフェロー
1983年日建設計に入社。単体の建築だけでなく、複合化された都市レベルの巨大建築設計まで広範囲に手掛ける。「成田空港旅客ターミナルビル」「明治イノベーションセンター」「羽田クロノゲート」など空港ターミナル、研究施設、物流施設において時代の先端を切り開く施設を設計。医薬品・食品・電子機器などの工場・研究所をはじめ、長野オリンピックフィギュアースケート会場「ホワイトリンク」のようなアリーナ、重粒子線がん治療施設「佐賀ハイマット」なども手掛ける。JIAサステナブル建築賞、公共建築賞、日経ニューオフィス賞などを受賞。

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