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人にとって良い ”生物多様性” とは?| まちも、森も、家も、ヒトも、生物多様性!

日建グループは「オープンプラットフォーム(組織を開く)」を掲げ、社会の様々な課題に、社内外の多くのみなさんと共に取りくむため、ゲストからの異なる視点をかけ合わせて議論を深め、イノベーションに向かう、クロストークラジオ「イノラジ」を開催しています。今回のテーマは「人にとって良い”生物多様性”とは? まちも、森も、家も、ヒトも、生物多様性!」です。日建設計は気候非常事態宣言を表明しましたが、生物多様性の確保にも、さらなる取り組みが求められます。今日は、生物多様性を軸に活動されているスタートアップ2社の代表をゲストにお招きし、ディスカッションしました。

須藤 伸孝
日建設計 都市・社会基盤部門 都市デザイングループ ランドスケープ設計部
ランドスケープアーキテクト

スピーカーと生物多様性に関する活動のご紹介

藤木庄五郎さん(株式会社バイオーム 代表取締役、以下敬称略):バイオームは生物多様性の保全をビジネスにすることを目指す、2017年設立のベンチャーです。私自身は京都大学で生態学を研究し、マレーシアのボルネオ島で2年以上キャンプ生活を送るなどの経験の積み重ねから、「環境を守るには、経済活動の中で生物を守っていく必要がある」と気づき、起業しました。
現在、およそ100万種類の生物が絶滅の危機にあると言われています。地球上の生物の50%ほどが100年以内に絶滅するという推計もあり、ここ10年が勝負です。2022年のCOP15では、ネイチャーポジティブに向けて、TNFD (Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース、生物多様性に関する企業のデータ開示を求める取り組み)が世界的に合意されました。 2030年までに、ネイチャーポジティブは年間10兆ドル規模のマーケットになると言われています。TNFDでは、どの場所にどれほどの生物がいて、企業がどこに影響を与えているのか?という「場所に紐づいた議論」がなされます。つまり、土地の使い方の再考が必要となる、都市やまちづくりの領域で重要なテーマとなります。

私の会社では、生物の位置情報をビッグデータ化すべく、「Biome(バイオーム)」 というアプリを開発しました。生物の写真を撮るとAIによって名前がわかる仕組みで、ユーザーはアプリ内で生物のコレクションを楽しめます。現在、国内の87万人のユーザーの投稿から生物情報を集めることで、外来種の早期駆除に役立てたり、まちの生物多様性を観測したりするようなデータベースを整えています。
 
伊藤光平さん(株式会社 BIOTA 代表取締役、以下敬称略): 私はもともと微生物のゲノム解析を研究していました。2020年に創業したBIOTAは、微生物の多様性によって健康な都市づくりに貢献することを目指しています。具体的には、 都市環境に存在する微生物のゲノム解析や、ランドスケープデザインのコンサルティングなどを事業としています。

微生物の生息数は、植物を除く生物の 97.9% を占めると言われます。健康で持続可能な生活のためには、生活空間の生物多様性を考えることが重要です。

微生物が多様であることのメリットとして、以下の2つが知られています。1つは、免疫の発達には幼少期の多様な微生物への暴露が重要であること。もう1つは、病原菌の増殖による感染症の拡大防止にも微生物多様性が寄与すること。例えば、都市の室内環境は、人の体表などから微生物が床に落ち、除菌で除去され、またそこに人が来て微生物が落ちる…ということを繰り返しています。除菌し続けることで、室内には人由来の微生物が偏って増え、特定の微生物に有利な環境が生まれ、また、頻繁な除菌から薬剤耐性を持つ微生物が生じる、といった問題があります。「除菌」という微生物を除去するのみのアプローチではなく、多様な微生物を都市空間で増やして「拮抗作用」を生むことで、健康につなげていくことを目指しています。

須藤伸孝(日建設計 都市デザインG 西ランドスケープ部)・木滑公人(日建設計 都市デザインG 公共領域デザイン部)(以下敬称略):日建設計も生物多様性に取り組んできた取り組みがあり、2つの事例をご紹介します。

1つ目が大阪の建て替えをお手伝いさせていただいた某ビルとなります。こちらは、建築を取り囲むように緑豊かな植栽がされており、森のような空間が実現しています。生物のモニタリング調査では、年月を経るごとに鳥類、昆虫類の種類がぐっと増えていることがわかっています。この情報は、ビルの公式サイトにも掲載されており、生物多様性に関する情報開示の先駆け的なプロジェクトとなっています。

2つ目が、グラングリーン大阪となります。グラングリーン大阪の大規模な緑が新たにできることで地域の緑が繋がり、生物多様性が地域全体で高まっていくことを期待しています。土地の歴史から、周辺の植栽、生物も調査した上で、環境としてあるべき姿をデザインしながら竣工後の維持管理についても視野に入れたプロジェクトとなっています。

人にとって良い“生物多様性”とは?ディスカッションから探る

伊藤:様々な環境がある中で、例えば、どの生物が何割いるべきとか、生物の黄金比を求めることは不可能に思えます。経済合理性や土地のルールを考慮しつつ、できる限り多様性を高めていくこと。まずは、そこを目指すべきでしょう。生き物や環境が地域に与えるインパクト、あるいは企業が生物多様性をどう消費しているかは、まだ見えてない部分があります。今後は、トレーサビリティを上げていくことが重要です。

藤木:生物多様性が誰にとって良いのか考えると、 管理者と入居者の視点があります。管理者にとって良い生物多様性は、管理コストが低く抑えられること。つまり、生態系が安定し、手を加えずとも維持される状態です。例えば、木が伸びて虫が増えたら他の生き物が勝手に食べてくれるとか。

入居者にとって大事なのは、 生物多様性が人生を豊かにしてくれる実感です。コンテンツとして、例えば鳥を観察できる望遠鏡が1個あると、生物多様性を実感できる瞬間が増えるはずです。すると、「住みたいエリア」になって地価が上がります。生物多様性を実感できる楽しいコンテンツを導入し、管理者たちとまとめていく設計者が重要だと考えています。

須藤:心地良いとか、身近に楽しみを発見できるという視点は根源的ですよね。我々も設計するときに、「生物多様性」という言葉を曖昧に使うのではなく、ある種のコンテンツと捉えて、気軽に利用者に触れ合ってもらえるような設計を心がけていきたいです。

木滑:芝生広場を設けるとき、よく芝刈りなどのメンテナンスの手間や費用について聞かれます。芝は草食動物に食べられることによって、どんどん広がっていく性質があります。一方、木は草食動物に食べられたら成長ができません。そのため、草食動物のいるところでは芝などの草が生えるという相互作用が成り立っています。人間の芝刈りは、草食動物の代わりに拮抗状態を保つ役割というか。そういう説明をうまくできれば、生物多様性と人の行為に繋がりが感じられて、関わる人の心持ちも変わるかもしれません。

生物多様性を保つことを「ビジネス」に結び付けて、豊かなまちづくりをするために

須藤:私はランドスケープアーキテクトとして、都市の社会性や経済性を尊重しながら緑や水、大地のあり方をデザインするべきだと考えています。経済的な視点でいうと、藤木さんのアプリ「Biome」は無料で利用できますよね。集めた情報をどうビジネスに展開しているのですか?

藤木:現在は30商品ほどを用意しているのですが、生物多様性のデータに新しい価値を付加して販売していくことが必要だと思っています。例えば、外来種が侵入してきた時に提供データをもとに効率よく駆除できるなど、逆に希少種を守るのにも、データの提供でコストを減らせます。他にも、開発する候補地の選定でも、その土地の生物分布のデータが手に入れば、後から「希少種がいるから開発できない」となることはありませんよね。

伊藤:生物多様性の経済合理性を考えると、生き物の機能が似ていれば、遺伝系統的な希少種が必ずしも必要ないのでは?という議論になる気もしています。そこは、いかがですか?

藤木:その議論には、まだ結論が出ていません。だからこそ、多様な生物が新しい価値を生み出す可能性を残しておくべきでしょう。複雑だからこそセーフティネットとしての役割があります。そこがもっと定量化できるといいなと。例えば街路樹も、すごくCO2を吸収してくれる1種類を大量に植樹すればいい、というわけでもないですよね。特定の樹木だけを多く植えた地域で、害虫が大量発生したり、燃えやすい木や木の綿毛などが大きな火災の原因になったり、ということもあります。生物多様性がないと、やはり持続性、安定性がないんですね。

木滑:基本的には、外来種が入ると生態系のバランスが崩れると言われますが、一方で外来種が必ずしも悪いわけではありません。例えば、弥生時代に入ってきた稲は外来種ですし、里山は稲という外来種をベースに成り立つ生態系です。その種が周辺に与える影響や相互作用の情報も集めることで、意図を持って生物多様性を設計できないか? その地の歴史や生物ネットワークを可視化できないかなと。

伊藤:生物間の関係性は、まだあまり見られていないです。特に微生物間の関係性は全然わかっていないのですが、人間が都市で行なっているコミュニケーションのようなことが、 ミクロなレベルでも起きています。

木滑:微生物の研究が進んでない時代から、ぬか床をつくる文化がありましたよね。人間の文化と微生物の多様性が結びついているのは非常に面白いです。

伊藤:窓を開けることも、微生物の多様性を高める行為。 これからは、多様な微生物との関わり方をデザインしていくことが重要です。前述の通り、微生物も特定のヒーローをつくってしまうと危険です。例えばヨーグルトの乳酸菌も腸内で増えすぎてしまっても良くない。元の環境に応じて何をすべきか考えながら、アクションの幅を広げたいですね。

日建設計から考える「生物多様性」の可能性

 須藤:貴社と日建設計との間で、どのような事業の可能性がありそうでしょうか。我々は生物多様性に配慮した設計をする際、エビデンスや評価のフローづくりがまだ弱いと感じています。

藤木:バイオームは、まちや建物がどう変わっているか、見える化してフィードバックしていく体制づくりを目指しています。生物のDXを担うお手伝いができるのでは。加えて、アプリを使って楽しいイベントを実施するなど、コンテンツのお手伝いもできると思います。

伊藤:自然と共生することは合意形成が取れると思うので、その解像度を上げていければと思います。ゲノム解析で微生物を調べるとか、 微生物の多様性の高まりをデータで示すことで、新たな価値として売り出せると思います。微生物はどんどん新種が発見されて、人間は全体像をまだ把握していません。ただ、多様性を高めることが重要なのはわかっているので、ぜひ一緒にチャレンジしたいですね。

<ゲストプロフィール>
 
藤木庄五郎
株式会社バイオーム 代表取締役
1988年生まれ。2017年3月京都大学大学院博士号(農学)取得。同年5月(株)バイオーム設立、代表取締役就任。大学時代、熱帯ボルネオ島でキャンプ生活をしながら、衛星画像解析を用いた生物多様性定量化技術を開発。会社設立後は生物多様性の保全が人々の利益につながる社会をつくることを目指し、アプリ「Biome」の開発・運営や生物関連のデータ解析サービスを展開しながら世界中の生物情報をビッグデータ化する事業に取り組んでいる。
 
伊藤光平
株式会社BIOTA 代表取締役
1996年生まれ。都市環境の微生物コミュ二ティの研究・事業者。
山形県鶴岡市の慶應義塾大学先端生命科学研究所にて高校時代から特別研究生として皮膚の微生物研究に従事。2015年に、慶應義塾大学環境情報学部に進学。情報科学と生物学を合わせたバイオインフォマティクス研究に従事し、国際誌に複数の論文を投稿。現在は株式会社BIOTAを設立し、微生物多様性で健康的な都市づくりを目指して研究事業をおこなっている。

須藤 伸孝
日建設計 都市・社会基盤部門 都市デザイングループ ランドスケープ設計部
ランドスケープアーキテクト
樹木医・RLA・一級造園施工管理技士。イノベーションセンターMIZUNO ENGINE、グラングリーン大阪北街区、御堂筋ダイビルなどでランドスケープを担当。


イベントは、2023年4月にオープンした、日建設計が運営する共創スペース“PYNT(ピント)”で開催されました。社会を共有財の視点で見つめ直し、思い描いた未来を社会に実装するオープンプラットフォームを目指しています。暮らしにある「違和感」を一人一人が関わることのできる共有財として捉え直すことで、よりよい未来を考えるみなさんと共同体を作りながら、イベント・展示・実験などを通して解像度を上げ、社会につなぐステップを歩みます。

#私の仕事 #企業のnote #日建設計 #生物多様性 #微生物 #生物



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