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イラスト名建築ぶらり旅 with 宮沢洋&ヘリテージビジネスラボ⑤

上野の隠れ家で味わう2つの“ナポリタン”

今回の行き先
国立国会図書館 国際子ども図書館

今回は「スパゲティ・ナポリタン」の話から始めたい。訪ねたのは東京・上野にある「国立国会図書館 国際子ども図書館」だ。その1階にある「カフェ ベル(Bell)」で、1年ほど前からナポリタンを注文する人が急増しているというのである。

実際、グルメサイトで「カフェ ベル」と検索してみると、こんな書き込みが見つかった。
「建築巡りをした後に、ランチを食べてきました。ドラマで食べていたナポリタンがお目当てです♪
出てきたナポリタンは具材たっぷりで、ボリューム満点。シンプルなケチャップの味付けですが美味しい。これは嫌いな人いないんじゃないでしょうか笑。久々にナポリタンを食べましたが、この昔ながらのナポリタンの雰囲気が、レトロ建築を眺めながら食べるのに最高でした」

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素晴らしい食レポ。そんなことを聞いたら食べないわけにいかない。我々は施設内を巡る前に、カフェでナポリタンを注文した。同じくドラマに登場したクリームソーダを横に並べると、中庭の光を背景に原色のコントラストが鮮やかさを増す。それらをたいらげ「もう満足」という気分になるが、そろそろ職務のリポートを始めよう。

ドラマ「名建築で昼食を」の舞台に

「ドラマ」というのは、「名建築で昼食を」のことだ。連載のガイド役である西澤崇雄さん(日建設計 新領域開拓部門ソリューショングループ ヘリテージビジネスラボ)はドラマ名を聞いてもキョトンとしているが、ドラマが大好きな私はよく知っている。説明しよう。

「名建築で昼食を」は、2020年8月から10月まで、BSテレビ東京およびテレビ大阪の深夜帯に全10回放送されたテレビドラマである。建築巡りが趣味の植草千明(田口トモロヲ)と、おしゃれなカフェ開業を夢見る春野藤(池田エライザ)が毎回1つの建築を見て回り、並行して物語がゆっくり進んでいく。この施設は、第9回の舞台となった。2人で施設を巡った後、春野藤が「ナポリタンは毎日でも食べられる」と言いながらナポリタンを食べるシーンが印象的だった。

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写真1 カフェ内観

ちなみにこの施設以外の舞台は、アンスティチュ・フランセ東京、自由学園明日館、ビヤホールライオン銀座七丁目店 、東京都庭園美術館、目黒区総合庁舎、国際文化会館、山の上ホテル、旧白洲邸 武相荘、江戸東京たてもの園だった。

安藤忠雄氏が参画して大胆改修

そして、今回の主役である「国立国会図書館 国際子ども図書館」(以下、国際子ども図書館)。この施設は「レンガ棟」と「アーチ棟」の2つの建物から成る。カフェがあるのはレンガ棟の1階だ。

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レンガ棟は、1906年(明治39年)に帝国図書館として建てられ、1929年(昭和4年)に増築された。そして、平成になって増築を伴う大規模な改修を行い、2002年(平成14年)5月に、国際子ども図書館として全面開館した。
改修の設計には、建築家の安藤忠雄氏が参画し、旧建物の内外装と構造をできるだけ生かしつつ、「2つのガラスボックスが既存の建物を貫くイメージ」で増築を行った。大規模な地震に備えて免震工法を採用している。

……と、ここまでは、施設の公式サイトのほぼコピーである。ドラマを見た方は「それはもう知ってる」と思っているかもしれない。
なので、この「ぶらり旅」ならではのウンチクその1。2002年の改修は安藤忠雄氏が1人で設計を進めたのではなく、日建設計との共同設計である。そう、ここにいる西澤さんの会社だ(西澤さんは直接関わっていない)。「2つのガラスボックスが既存の建物を貫く」というコンセプトは安藤氏だが、免震工法による安全性能の強化や、内外の細やかな装飾の再現に奮闘したのは日建設計である。

免震層

写真2 免震層

既存建物はあの「鳳凰殿」と同じ設計者!

そして、ウンチクその2。これはかなり建築に詳しい人でも知らないだろう。1906年に帝国図書館として建てられた元の建物が、そこらへんの古い洋風建築ではないのだ。設計の中心になったのは明治期の文部省技師・久留(くる)正道(1855~1914年)だ。久留は、日本史でも習うお雇い外国人、ジョサイア・コンドルに東京大学(当時は工部大学校)で直接、指導を受けた草創期の建築家である。

久留は文部省の技師として教育施設を数多く設計した。この施設のすぐ近くにある「旧東京音楽学校奏楽堂」(1890年、国指定重要文化財)も久留の設計だ。久留は、世界に影響を与えた有名な建築を実現している。1893年に米国・シカゴで開かれたシカゴ万国博覧会の日本館「鳳凰殿」だ。

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鳳凰殿は京都の「平等院鳳凰堂」をモデルにした本格的な日本建築で、万博中に大変な人気を博すとともに、海外の建築家に大きな影響を与えた。有名なところでは、フランク・ロイド・ライト(1867~1959年)。ライトの「プレイリースタイル」と呼ばれる水平性を強調したデザインは、この鳳凰殿に影響を受けたと言われている。

未完の正面玄関をガラスボックスで

安藤忠雄氏と日建設計による“平成の大改修”の狙いを知るには、久留正道らが目指した図書館の最終形を知っておいた方がいい。
現在の姿は、全体の3分の1ほどなのだ。本当は、こんなロの字平面の巨大建築になるはずだった。

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シカゴ万博鳳凰殿のときには38歳だった久留だが、帝国図書館の設計に挑んだのは脂の乗り切った50代。さぞや気合が入ったに違いない。しかし、政府が軍備を優先したなどの事情もあり、計画どおりには建設が進まず、1906年時点でのレンガ造の第1期工事部分は、当初計画の4分の1の規模にとどまった。そして、2期の工事が始まらぬまま、久留は1914年に亡くなる。

図書館は1923年の関東大震災でも倒壊はしなかったが、傷みは激しく、1929年(昭和4年)に2期工事として北側に鉄筋コンクリート造で増築が実施された。それが今日に残る姿だ。
元の平面図を見ると分かるが、久留らが考えた「正面玄関」ができていない。平成の大改修で安藤氏は、2つのガラスの直方体を既存の建物に貫通させることを考えた。1つは1階の道路側から中庭側に斜めに貫くガラスボックス。もう1つは中庭側の地上3階レベルで、昭和期の増築部を貫通して宙に浮くガラスボックスだ。

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前者のガラスボックスは、実現しなかった正面玄関へのオマージュともいえよう。斜めの軸線は来館者を中庭へと導く。ガラスボックスの中庭側は、ナポリタンを食べたカフェだ。2015年に増築されたアーチ棟は、この斜めの軸線を受け止めるように円弧を描いている。

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写真3 レンガ棟からアーチ棟と中庭を見下ろす

普通は見えない外壁や外部装飾が見える

3階に浮かぶガラスボックスは中庭を見下ろすラウンジだ。床が既存の外壁の外側にあるので、外壁のタイルや装飾を間近に見ることができる。
案内してくれた国際子ども図書館企画協力課広報係長・福井千衣さんのお気に入りポイントは、「3階のホールから突き出したガラス張りのアルコーブ(くぼみ状の部分)」や「2階児童書ギャラリーのショートケーキみたいな天井」とのこと。

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写真4 児童書ギャラリー天井

ほかにも見どころを上げたらきりがない。ガイド役の西澤さんのお薦めは下記の動画を。

こんな素敵な施設なのに、上野に数ある文化施設の中では認知度が高いとはいえない。大通りから見えづらいことに加え、「子ども図書館」という用途に「自分と関係ない」と感じる人が多いのかもしれない。「お子さま連れでない方にもぜひ来てほしい」と広報の福井さんは力を込めて言う。確かに、書架に並んでいる本は大人が読んでも没頭しそうなものばかり。もちろん入場無料。カフェだけでも利用できる。実は、「子ども図書館」という名の「大人の隠れ家」かもしれない。

日本人の大胆発想で生まれた「ナポリタン」

ところで、ドラマの制作陣はなぜ、カフェのメニューの中からナポリタンを選んだのだろうか。見た目に気取りがなく、ノスタルジーが感じられるから? いや、それだけではないだろう。深読みし過ぎかもしれないが、筆者には、この施設が「ナポリタン」に思えるのである。

ナポリタン2)

写真5 ナポリタンとソーダ

知っている人は知っていると思うが、ナポリタンはイタリアに元からあった料理ではない。日本で生まれたオリジナルである。
産みの親は、横浜「ホテルニューグランド」の2代目総料理長、入江茂忠氏。入江氏は、米兵が茹でたスパゲッティに塩、こしょう、トマトケチャップを和えたものを食べているのを見て、これをアレンジし、メニューに加えた。そして、横浜の洋食店がそれを“ケチャップねっとり”のものにアレンジし、全国の洋食店や喫茶店に広まった。

久留正道が設計した第1 期のレンガ造図書館(帝国図書館)はルネッサンス様式の本格洋風建築で、いわば“正統パスタ”だった。それを昭和期にアレンジして増築し、さらに平成に大胆アレンジを加えて、“ナポリタン”になった。……と、そんなことを考えながら中庭のカフェでナポリタンを食べると、より味わい深いかもしれない。

■建築概要
国立国会図書館国際子ども図書館
所在地:東京都台東区上野公園12-49
<レンガ棟>
第1期工事完成 :1906年
原設計:久留正道・真水英夫ほか
レンガ棟全面 改修:2002年
改修設計:安藤忠雄建築研究所・日建設計
改修施工:鴻池組
構造:鉄骨補強レンガ造 昭和期 増築部鉄筋コンクリート造
階数:地下1階・地上3階
延床面積:約6671 .63m2
収蔵能力:約40万冊
<アーチ棟>
完成:2015年
設計:安藤忠雄建築研究所・日建設計
施工:錢高組
構造:鉄骨鉄筋コンクリート造(一部鉄骨造・鉄筋コンクリート造)
規模:地下2階・地上3階
延床面積:約6184.11㎡
収蔵能力:約65万冊

■利用案内
休館日:月曜日、国民の祝日・休日(5月5日のこどもの日は開館)、年末年始、第3水曜日(資料整理休館日)
開館時間:9:30~17:00
カフェテリアの営業時間:9:30~16:00
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分
公式サイト https://www.kodomo.go.jp/


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取材・イラスト・文:宮沢洋(みやざわひろし)
画文家、編集者、BUNGA NET編集長
1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部卒業、日経BP社入社。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集部に配属。2016~19年、日経アーキテクチュア編集長。2020年4月から磯達雄とOffice Bungaを共同主宰。著書に「隈研吾建築図鑑」、「昭和モダン建築巡礼」※、「プレモダン建築巡礼」※、「絶品・日本の歴史建築」※(※は磯達雄との共著)など

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西澤 崇雄
日建設計 新領域開拓部門ソリューショングループ ヘリテージビジネスラボ
アソシエイト ファシリティコンサルタント/博士(工学)
1992年、名古屋大学修士課程を経て、日建設計入社。専門は構造設計、耐震工学。
担当した構造設計建物に、愛知県庁本庁舎の免震レトロフィット、愛知県警本部の免震レトロフィットなどがあり、現在工事中の京都市本庁舎整備では、新築と免震レトロフィットが一体的に整備される複雑な建物の設計を担当している。歴史的価値の高い建物の免震レトロフィットに多く携わった経験を活かし、構造設計の実務を担当しながら、2016年よりヘリテージビジネスのチームを率いて活動を行っている。




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