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イラスト名建築ぶらり旅 with 宮沢洋&ヘリテージビジネスラボ⑦

2度の大胆再生で気分はハリー・ポッター

今回の行き先
茨城県立図書館

入り口を入ると、まるでホグワーツ魔法魔術学校(ハリー・ポッターが通う学校)のような中世ヨーロッパ風の空間が出迎える。いきなりですが問題。この「茨城県立図書館」は、「図書館」になる前、何の建物だったでしょう? チッチッチッチッ……。

写真1 エントランスのカフェ

予備知識なしに答えられた人は、建築家か探偵になれる。筆者は、何も知らずにここに来たら、全く分からなかったと思う。

答えは「議事堂」だ。約50年前の1970年、水戸市三の丸に「茨城県議会議事堂」として建てられたものだ。2001年、県庁移転に伴って改修され、現在の県立図書館となった。もとの建物を設計したのは、ガイド役の西澤崇雄さん(日建設計エンジニアリング部門 サスティナブルデザイングループ ヘリテージビジネスラボ)が所属する日建設計。図書館に改修したのも日建設計だ。あまりに見事な「図書館化」に、西澤さんと2人で何度も感嘆の声を上げてしまった。

実は今回、この施設を取り上げようと提案したのは筆者である。昨年(2021年)の夏、たまたまSNSで「図書館内にカフェが出来た」というニュースを見たからだ。この改修には日建設計は関わっていない。だから、西澤さんは知らなかった。でも、「議事堂→図書館→カフェ併設図書館」という2度の再生は面白い。この連載にピッタリではないか、と西澤さんに提案。今回の取材となった。

ということで今回は2人とも初見なので、見る場所見る場所、いちいち驚いてしまったのである。

まずは“1度目の再生”の閲覧室から

茨城県立図書館企画管理課の栗原隆光係長が施設内を案内してくれた。
まずは“1度目の再生”、2001年に図書館に変わった部分から見ていこう。

もともと議会のサポートのための諸室があった南北両サイド1階・2階が、開架の閲覧室になっている。外から想像していた閉鎖的なイメージとは全く違って、大きなガラス窓から外の景色が見えて落ち着く。特に2階は、天井が高くて、公共建築とは思えない。

写真2 1階閲覧室
写真3 2階閲覧室

案内してくれた栗原係長も「天井高が高くて開放感があるところが好きです」と言う。2階のこの空間はもともと何だったのだろうと思って改修前の図面を見てみると、議員たちの控室だった。「なんて贅沢な」とも思うが、当時ゆったりつくっておいたおかげで、図書館として無理なく使えているのだ。

旧議場の大胆な使い方に驚く

「天井が高い」といえば、旧議場だろう。現在は「視聴覚ホール兼閲覧室」となっている。3層分吹き抜けの天井の高い大空間を見て、勘のいい人は、「最初から図書館ではなかったのでは?」と気づくかもしれない。

でも、天井はのこぎり型のトップライトで、自然光がストライブ状に差し込む。議場というのは大抵、暗く重々しい空間なので、この明るい部屋がかつて議場だったとは想像しづらい。

図書館に改修した際に屋根をトップライトに変えたのかと思ったのだが、もともと議場の時代からこうだったのだという。50年前に何て先進的なデザイン。

写真4 旧議場のトップライト見上げ

議事堂の設計は日建設計の林昌二チーム

ここで、この連載が好きになってきた人のために、建築的なうんちくを1つ。もとの建物(議事堂)の設計の中心になったのは、建築界ではよく知られる林昌二(1928~2011年)という人だ。「建築家」というと、多くの人は、個人名で活動する設計者を思い浮かべると思うが、日建設計のような“組織設計事務所”に所属する人の中にも、有名建築家はいるのだ。

林昌二は、そんなサラリーマン有名建築家の代表格で、例えば、皇居のお堀端に立つ「パレスサイド・ビルディング」(1966年)や銀座4丁目交差点に立つ「三愛ドリームセンター」(1962年)、コンサートでおなじみの「中野サンプラザ」(1973年)などを設計した。

公共建築の設計者は通常、設計競技や入札で決まることが多いのだが、茨城県立議事堂の設計は、林昌二を“名指し”して県から依頼があったのだという。そんな信頼関係があったからこそ、こんな大胆な議場が実現できたのだろう。

“2度目の再生”は温かみのあるカフェ

閲覧室を見て回った後、入り口部分の“2度目の再生”エリアへ。エントランスホールの吹き抜けに2021年7月、「星乃珈琲店 茨城県立図書館店」がオープンした。

入り口を入ると正面階段を中心にシンメトリーな空間が広がり、階段を上がると前述の旧議場(現・視聴覚ホール兼閲覧室)がある。4層吹き抜け、高さ約15mの天井面には、旧議場と同じノコギリ型トップライトがあり、自然光が差し込む。

かつてはコンクリート打ち放しとアルミパネルの壁に囲まれていたが、今回の改修で木質の書棚と黒っぽいミラーガラスで囲まれた中世ヨーロッパの邸宅風デザインに変わった。中央の大階段が空間に威厳を与える。南側に立つブロンズ像が「元からあった」とは思えないほど空間にマッチしている。

カフェを運営するのは、日本レストランシステム。ドトールコーヒーなどを展開するドトール・日レスホールディングス傘下の会社で、県の事業者公募で選ばれた。店舗デザインは、日本レストランシステムの宮島忠氏、Nowhere-Designsの鈴木弦氏、ambosの石井一東氏によるデザインチームが担当した。

温かみがあって、おしゃれ感がある。カフェだけを利用しにくる人も多いという。案内してくれた栗原係長は、「カフェが出来てから、図書館の職員もセンスの良さに気を使うようになった」と笑う。

カフェを囲む書棚にある本を読んでよいのはもちろん、開架閲覧室の本をここに持ってきて読んでもよい。近くに駐車場もたくさんある。何という至福。これが近所にあったら、毎日ここに来ちゃうなあ……。

ところで、原設計者の林昌二は、“辛口のご意見番”としても知られていた。林がこのカフェを見たらどう思うだろうか。静謐なモダニズム空間に映画もどきのカフェなどけしからん、とか言うのだろうか。林を何度も取材したことのある筆者は、そんな想像をしていた。だが、林が生前、この建物の設計意図についてこんなことを書いているのを発見。

「贅沢はしないということ、用を満たし、気持ちよくすごせる場をつくれば、それでよい」(『新建築』2002年2月号から引用)

重要なのは、「気持ちよくすごせる」こと。2度の再生で、今もこの建築は「気持ちよくすごせる場」であり続けている。雲の上の林昌二も「狙い通り」と思っているに違いない。カフェで分厚いパンケーキをいただきながらそう思った。

写真6 窯焼きスフレパンケーキとサンドウィッチをいただく 

■建築概要
茨城県立図書館
所在地:茨城県水戸市三の丸1-5-38
既存建物(茨城県議会議事堂)の完成 :1970年
原設計:日建設計
図書館への改修完了:2000年12月
改修設計:茨城県土木部営繕課、日建設計
改修施工:竹中工務店・昭和建設共同企業体
構造:鉄筋コンクリート造
階数:地下1階・地上4階・塔屋1階
延床面積:8700.69m2

■利用案内
休館日:月曜日(4月30日を除く)、休日のときはその直後の休日でない日、毎月月末(4月・12月を除く)、その日が土曜日または日曜日のときはその直前の金曜日、年末年始(12月29日から1月3日)、図書整理期間(年2回それぞれ7日以内)、その他臨時に休館となる場合あり
開館時間:平日9:00~20:00、土日祝日9:00~17:00
カフェの営業時間:平日9:00~19:00(ラストオーダー18:15)、土日祝 9:00~17:00(ラストオーダー16:15)
交通:JR水戸駅下車,北口より徒歩約10分
公式サイト https://www.lib.pref.ibaraki.jp/index.html(図書館)https://www.hoshinocoffee.com/shop.html#ibaraki(カフェ)


取材・イラスト・文:宮沢洋(みやざわひろし)
画文家、編集者、BUNGA NET編集長
1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部卒業、日経BP社入社。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集部に配属。2016~19年、日経アーキテクチュア編集長。2020年4月から磯達雄とOffice Bungaを共同主宰。著書に「隈研吾建築図鑑」、「誰も知らない日建設計」、「昭和モダン建築巡礼」※、「プレモダン建築巡礼」※、「絶品・日本の歴史建築」※(※は磯達雄との共著)など

西澤 崇雄
日建設計エンジニアリング部門 サスティナブルデザイングループ ヘリテージビジネスラボ
アソシエイト ファシリティコンサルタント/博士(工学)
1992年、名古屋大学修士課程を経て、日建設計入社。専門は構造設計、耐震工学。
担当した構造設計建物に、愛知県庁本庁舎の免震レトロフィット、愛知県警本部の免震レトロフィットなどがあり、現在工事中の京都市本庁舎整備では、新築と免震レトロフィットが一体的に整備される複雑な建物の設計を担当している。歴史的価値の高い建物の免震レトロフィットに多く携わった経験を活かし、構造設計の実務を担当しながら、2016年よりヘリテージビジネスのチームを率いて活動を行っている。


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