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失われた初恋

私の初恋はまだ訪れていない。

長い間そう思っていた。

けれど、新しいことを知るたび「もしかしたらあれが私の初恋だったのかもしれない」と、過去の感情を再認識していく。

始まりは、13歳の春だった。

*****

4月

中学2年生に進級した。自分の机と椅子を持って一斉に新しいクラスへと大移動。私の学年は全部で5クラスと多い方だったので、教室の半分以上は面識の無い生徒だった。

新学期は嫌いだ。

内向的で人見知りの激しい私にとって、新しい人と一から友人関係を築くことはかなりの苦痛だった。特に私は男同士のつるみ、いわゆる「ホモソーシャル」が非常に苦手だったから。

ホモソーシャル:同性同士の性や恋愛を伴わない絆や繋がりのこと

「面白さ」を求めて馬鹿をやったり、覚えたばかりの下ネタを披露したり、「隣のクラスの〇〇がかわいい」などとタイプの女子を発表し合う。そんな彼らの話題や空気感に馴染めなかった私は、なるべく目立たないように、この1年を穏やかに乗り切れるようにと強く願った。

初日は係決めや配布物だけで1日が終わるから、まだ気が楽な方だ。

休み時間、トイレに入ると奥の方で数名の男子がたむろしていた。絡まれないように入り口に一番近い所で用を足していると、1人の男子が私に近づいてきた。

身動きできないこの状況で、何かされるのだろうか。身体中がこわばる。

しかし、その男子は私の肩に手を置くとこう言った。

「にきくん、よろしく」

それが「彼」との初めての出会いだった。

*****

1年の頃は彼と教室も離れていたし、特に接点があるわけではなかった。とはいえ彼は男女問わず人気があり、学級委員も務めたりと目立つ存在だったので、私は一方的に彼のことを知っていた。
ただ私の方はというと、他クラスとの関わりもなく地味で控えめな存在だったので、彼が私を知ることはなかったと思う。

だからこそ、新しいクラスで自己紹介をする前にもかかわらず、彼が私の名前を認知していたことが、私にはすごく意外だった。


新しいクラスでも、彼はみんなの注目を集めた。

「彼自身が」というよりは、自然と周りが「彼を目立つ存在にした」という表現が正しいのかもしれない。彼は自分から目立とうとするタイプではなかったけれど、彼にちょっかいを出したり、彼の名前を呼ぶ声は幾度となく教室に響いていたから。

彫りが深く幼なさを感じさせない顔立ち、声変わりをとうに終えた爽やかな男性の声、歩き方やちょっとした仕草からも、彼は他の男子とは違ってなんだか大人びているように感じた。

ただ、そうした要素を一部の男子は「エロい」と感じたのかもしれない。彼の「エロさ」を引き出して、わざとそういうキャラに仕立て上げようとした。「彼はテクニシャンだ」とか言ったりして。

彼の膝の上に乗って戯れる男子さえいた。
相手を卑しめる言葉として「お前ホモかよ」という言葉を投げつける人は度々目にするが、彼に執拗に絡むその男子に対して「ホモ」と蔑む人は誰一人いなかった。ふざけているのは明らかだったし、何よりその男子は誰も逆えないような強い立場の人だったから。

また、そうしたちょっかいに対して彼自身もあまり嫌そうな態度を示すことはなかった。彼は本当に嫌な時にははっきり「やめろ」と言える人だったし、みんなが彼を好きでそうしていることを、彼自身もわかっていたからだと思う。

そして当然ながら私はといえば、その様子を教室の端の自分の席から、静かにただ眺めているだけだった。


自分から彼に声をかけることすらなかったものの、彼は休み時間になっても外へ遊びに行かない私に近づいて、私の読んでいる小説に興味を示したり、「好きな映画は何か」と尋ねたりした。

基本一人でいる私に対して、いつも誰かに囲まれて退屈しないはずの彼がわざわざ話しかけてきたことが、私には不思議でたまらなかった。
慣れない人との会話は苦手だったけど、私の好きなものを引き出そうと話を振ってくれる彼の優しさが、その緊張を忘れさせてくれた。休み時間はあっという間に終わっていた。

*****

美術の時間

名前順で前から横列に生徒が配置される美術室では、普段の教室とは席の並びが変わる。私の前の席に当たったのは、彼だった。

ゆるいおじちゃん先生の授業は自由で、絵を描きながらもみんな前後や横の席の人と会話を楽しんでいた。

彼も度々後ろを振り返っては、私の机の上に腕を置いて話しかけてきた。私が映画好きなことを知ると、まだ見たことのないおすすめの映画を教えてくれた。

『シックス・センス』
『ギルバート・グレイプ』

実際にそれらの映画を観たのは何ヶ月か経ってからだったので、彼に感想を伝えることはなかった。けれど恋人や親子、兄弟間の愛や絆を描いたそれらの作品は、誰かを大切に想う心の尊さを私に教えてくれた。今でもお気に入りの映画だ。

*****

彼は話しかけてくるだけでなく、時々私に触れることもあった。

中学生の男子が肩を組んだりじゃれ合うことなんて日常茶飯事だったけど、彼のそれは少しだけ違うように感じた。

ある時彼が、教室で座っていた私の頭に手を置き、ヨシヨシと撫でてきたことがあった。少し離れた場所でそれを見ていた女子が、クスッと笑いながら他の子に何かを話している。後でその女子が近づいてくると、彼に言った。

「何でさっき頭を撫でたの?」
「だって、にきかわいいじゃん」

彼の思いがけない言葉にドキッとしてしまった。
同い年の男子から「かわいい」と言われたのは、それが初めてだったから。

そんな時期から、彼と話すとき変に意識してしまうようになった。普通に話せてはいると思うけど、胸の奥で何かが熱くなったり、心にざわつきを覚えるようになった。人に対してそう感じるのは初めてだったけど、その感覚が私にはなんだか心地よかった。

普段の彼は他の男子と戯れたり騒がしいヤジを浴びているけど、美術の授業や人の少なくなる昼休みの教室だけは、私と二人だけの時間を過ごしてくれた。他の人とは違って、彼と話している時だけは周りの喧騒や時間の感覚を忘れていた。まるで、暗闇の中で光が当たるその一点に、彼と私だけが存在しているみたいに。

私は、少しずつ彼に惹かれていくのを感じた。

*****

夏の校外教室

3泊4日で長野県の宿泊施設に出かけた。

男子の部屋割りは8〜9人×2部屋で、主に騒がしいメンバーが集まる部屋と、比較的落ち着いた人が集まる部屋に別れた。私は落ち着いた方の部屋になり、彼も同じ部屋だった。

時々隣の部屋の男子が彼に絡もうと乗り込んでくることもあったが、大体は平和で穏やかな時間が流れていた。みんなそれぞれ話したり、トランプやウノを楽しんだり、読書をしたり、寝っ転がったりと、思い思いの時間を過ごしていた。

テーブルの上に散らばったトランプで一人タワーを作っていると、彼がきて私にトランプのマジックを披露してくれた。きっと誰でもできるような簡単なネタなのかもしれないけど、マジックのネタを何も知らない私からすれば、彼の術はただただ不思議でしかなかったし、何より私の為だけにそれを見せてくれたことが嬉しかった。

楽しい時もつかの間、私にとって忘れることのできない悪夢の時がやってくる。

「入浴」の時間だ。

同部屋の人たちとお風呂場まで向かうと、みんな服を脱いで次々に浴場へと入っていった。そして、最後に私一人だけが脱衣所に取り残された。

裸を人に見られるのがたまらなく嫌だった。また人の裸が目に入ってしまうのも、同じくらい嫌なことだった。誰も気にする人なんていないことぐらいわかっている。だけど、私にはどうしてもそれが「嫌」だったのだ。

しばらくの間脱衣所で躊躇っていると、数人が浴場から出てきた。私がいないことに気づいたのだ。何より悪かったのは、その中に彼の姿もあったことだった。
「何恥ずかしがってんだよ」「にき、お前女か?」「いいから早く脱げ」そう言って彼らは私の服を脱がせてきた。

ああ、もう最悪。

全てがどうでもよくなってしまった私は、ボソッと「もう(彼の名前)嫌い」と呟くと、自分で服を脱いで浴場へと入っていった。

その後の校外教室は、傷害事件で病院に運ばれる生徒がいたり、過度に厳しい持ち物チェックで違反が多発したこともあり、私の中で起こった小さな事件なんて大したことではなくなってしまった。

*****

それから、私の感情はさらに複雑なものになる。

この史上最悪の校外教室を境に、彼に対する接し方が少し変わってしまった。彼のことを嫌いになったわけではないけれど、わざと彼を避けたり、あえて冷たい態度をとってしまうこともあった。今思えば「好きな人に逆のことをしてしまう」よくある心理だったのかもしれないけど、あの頃の私には何もわかっていなかった。自分の感情を理解する術もなく、たった一人で悩み続けた。

彼に対するこの感情は一体何なんだろう。友達に対する感情と違うことは確かなのに、それを形容する言葉が見つからない。小学校の保健体育で「人は年頃になると異性への関心が高まる」と習ったけど、それなら同性に対して感じるこれは何?この感情について説明してくれる教科書はどこにあるのだろうか。

自分のパソコンやスマホも持っていなかった。
「本当にわからない言葉があるときは辞書で調べなさい」と小学生の頃に親に言われていた私は、家で一番分厚い辞書「広辞苑」なら何か答えが見つかるかもしれないと思った。手始めにどこかで耳にした「同性愛」という言葉を引いてみた。

同性愛:同性を愛し、同性に性欲を感じる異常性欲の一種

親が実家から持ってきたという広辞苑は改訂される前の古い版で、今ならわかるがセクシュアリティに関する記述については誤ったものが多かった。
しかし、知識の浅い当時の私にはそこに書かれていた言葉が全てだった。13歳の私はあまりに未熟で、先生や親に教えられることも、教科書や辞書に書いてあることも、全てが正しい情報だと信じていたのだから。

「異常」その言葉が頭の中を覆った。

そして「同性愛」という言葉に対して、私はとてつもない恐怖感を覚えた。

人と違うことが、たまらなく怖い。

僕は病気なのかな…いや、そんなはずはない。今まで怪我やちょっとした風邪をひくことはあっても、入院したことは一度もなかった。僕はこれでも健康で丈夫な方だ。自分が「異常」なはずない。

彼のことを忘れさえすればいいんだ。

そうだ、こんな感情なくなってしまえばいい。

消えろ。消えろ。お願いだから消えて…


それでも、目を瞑ると彼の顔が浮かんできてしまう。

吸い込まれそうな深い目も
笑った時にくしゃっとする目元のしわも
頭や肩に優しく触れた手の感触も
僕の名前を呼んでくれるあの声も

そう、彼のそんなところを僕は好きになったんだ。

気づいたら布団の中で涙を流していた。

本当は忘れたくなんかない。
だけど、僕は健康でどこにでもいるような、ごく「普通」の男子になりたいんだ。だからこの感情は抑えろ。押し殺すんだ。彼はただの「友達」で、それ以上でもそれ以下でもないんだ。

私は自分にそう言い聞かせ続けた。

何度も、何度も、

感情が消え去るまで...


*****

中学校生活はあっという間で、気づけば2年生も終わりが近づいていた。

最後の席替えで彼は私の真後ろの席になった。
彼は私の前の席の男子とも仲が良かったので、私を挟んで3人で会話することも多かった。3人で「普通」の男友達のように話せる時間が、私には幸せだった。

3年のクラス替えでも、彼と私は同じクラスになった。

普通に話すことはあっても、その間にはもう以前のような感情はない。私たちはただの「友達」だった。

やがて、彼に彼女ができた。可愛らしい子でクラスの誰もが二人を祝福した。学校に行く時、手を繋いで一緒に登校する二人をよく見かけた。確かに、並んで歩く二人は誰よりもお似合いのカップルだった。

ある時、保健体育で「性」に関する授業があった。若い体育の先生は当然のように「男女の性交渉における避妊の重要性」について私たちに教えた。今は異性への関心があまりないけれど、もしかすると高校では好きな女の子が現れて僕も初めての恋を経験するのかな。漠然とそんなことを考えた。

卒業前のホームルームで、クラスメイトそれぞれにメッセージを書き合う時間があった。彼からはこう綴られていた。

ニキは自分のあこがれでニキみたいにクールで頭良くなりたいです!バイオリン持ってる時がカッコイイ!ニキはもう大人だと思う!これからもよろしく!

なんだよ…そんなの、僕が君に対して思っていたことじゃんか。

卒業式当日、彼と直接別れの言葉を交わすこともなく、私は中学を去った。


*****

高校に上がると、世界は一気に広がった。

たくさんの出会いがあって、たくさんの音楽を聴いて、たくさんの映画やドラマに感化された。
初めて「ゲイ」という言葉を知った。彼らが日常の中に「普通」に存在していること、彼らが病気ではないこと、そして幸せに暮らしていることも。

高校3年生の時、なんでも話せる友人とお互いの「性事情」について語っているうちに、自分もそうなのかもしれないと思い始めた。

大学に入ると、もっと自分を知るために正しい知識や情報を集めるようになった。すると、忘れかけていたあの頃の記憶は、私の頭の奥底から少しずつ蘇ってくるようになった。

やっと自分を肯定することができて、それを人にも伝えられるようになった頃、私の10代は終りを迎えようとしていた。


*****

大学を卒業して社会人になったある日、『君の名前で僕を呼んで』という映画を鑑賞した。その劇中で父親が息子に語った言葉は、私の胸の奥深くにまで突き刺さった。

ひとの心と肉体はたった一度しか与えられない。そして、そのことに気づく前に心は擦り切れてしまう。・・・今はただ悲しく辛いだろう。だが、それを葬ってはいけない。お前が感じた喜びを、その痛みとともに葬ってはいけない。

この台詞を聞いた私は、思わず劇場で涙を流していた。

恐れや葛藤で自分の感情を押し殺した13歳の私にこの言葉を届けたいと、どれほど願っただろう。

君は「異常」なんかじゃない、人生で初めての素晴らしい「恋」を経験しているだけだと、どれほど伝えたかっただろう。




でも、今となってはもう遅い。

だから私は、断片的ではあっても確かな過去の記憶を一つ一つ回想していった。
そして、それらを文章に書き起こした。


13歳が経験した、小さくも特別な「初恋」
初めて感じた喜びがたとえ失われてしまっても
そこに確かな感情が存在していたこと

私は決して忘れない。







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