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「時間泥棒」第十話

天川の行方不明事件
(3)

僕はライオン公園までの上り坂を一気に駆け上がる。脇道から乙女町に入り、《北川理髪店》の前へたどりつく。するとちょうど店からミチルが出てきた。
 腕時計を確認すると、時刻は九時三〇分。
「千斗君! さっきお父さんが、天川で小学生が消えたって!」
 ミチルもどうやら行方不明の男の子の話を聞いたみたいで、かなり慌てている。僕は呼吸を整えて言った。
「……うん! 僕も聞いた! それに、僕たちが花園で聞いたサイレンも、ひょっとしたらスカーフェイスの仕業かもしれないんだ。今からそれを調べにいくよ!」
「わかった! お願いね」
 ミチルと別れ、北川理髪店の前の道をまっすぐ天秤池町へと自転車で走る。少し行くと、目の前に環状線が見えてくる。街路樹が立ち並び、縁石の花壇には菜の花。片側二車線ある道路の一番左はイエローバス専用レーンで黄色く塗装されていた。
 僕が走っているのは、その環状線よりも一本内側に入った民家の立ち並ぶ脇道だ。民家の切れ目から、環状線の黄色い道路が僕の右目にチカチカと映る。視線をまっすぐ前に向けると正面に一軒の民家が見えた。民家の壁はなにかにつっこまれたみたいに無惨に崩れさっている。――ここだ。お父さんが昨日話していた車の激突事故。蛇行運転しながら民家の壁に衝突したっていう事故現場はここで違いない。
 脇道はそこで左右に分かれていた。右へ行けば環状線で、左へ行けば天秤池町の外側へと回り、やがて天川の見える堤防へとつながっていく。僕はその分かれ道を左に曲がり、天川の堤防へと自転車を漕いでいった。

《アンタレスストリート 天川河川敷》

 黄道区は周りを小さな山々で囲まれている。その山を通っている天川は、天秤池町から順に、蠍通り町、そして僕やジョージの家がある人馬町、山羊沼町、水瓶町の外側を通じて海へと流れ込む大きな川だ。水は澄んでいて、魚を釣る人や水遊びをする子どもたち、また河原では、年中バーベキューも楽しめる。
 夏休みに入ると毎年恒例の花火大会が開催され、大きな打ち上げ花火はまさにこの天川河川敷で打ち上げられる。だから程近い蠍通り町にあるアンタレスストリートでは、県内外から花火を見に来るお客さんで毎年ごった返し、ものすごい賑わいを見せる。
 天川は場所によっては流れが非常に激しい。特に天川上流に当たるこの天秤池町辺りでは、山から勢いよく流れ込んでくる水流と、水瓶町に向かって緩やかな下り坂になっている地形のせいで、水難事故が起きやすい場所でもある。
 僕は広めの道を選びながら天川の堤防を目指した。やがて見えてくる堤防沿いを上りきると、道路には物々しい数のパトカーが停まっていて辺りを封鎖し、堤防の上からは捜索の様子を心配そうに見おろす大勢の見物人がいる。すごい人だ……。
 僕は手前で自転車を止め、堤防道路へと続く急な斜面をのぼっていった。上りきると、目の前には信号機のない横断歩道、そして河川敷へとおりる急な下り坂が続いている。
「河川敷一帯は、現在立ち入り禁止です! ご協力ください!」
 辺りには警官が何人も立ち、声を張り上げていた。テープを張ったり赤いコーンを並べたりして、一般人が河原へ立ち入れないようにしている。見物人が遠巻きに見守るなか、川ではレスキュー隊員が水中に潜ったり、長い棒のようなもので川底を探っていた。
「そこの下り坂を、ブレーキもかけずにおりていったらしいよ」
「河原の石でバランスを崩して、自転車から放り出されてしまったんだって」 細かいことはわからないけど、男の子が姿を消したのは間違いない。お父さんが言っていた事故現場からも、ここまではまっすぐ来ることができた。この事件は、間違いなくスカーフェイスの仕業だ。そう確信した僕は、急いで自転車まで戻ると通信ボタンを押した。「みんな! 千斗だよ。昨日、学校の花園で聞こえたサイレンの場所へ行ってみたよ」『どうだった⁉』みんなが口を揃える。「スカーフェイスの仕業で間違いないよ。その証拠に、あの事故とは別に、衝突現場からさらに進んだ天川で男の子が川に落ちて行方不明になる事件が起こっているんだ」
『なんだって⁉ 行方不明⁉』
『ええ? 男の子がいなくなっちゃったの? その子は無事なの⁉』 マルコとジョージが驚いて声をあげる。「今、レスキュー隊の人たちが必死に探してるよ。今、その現場にいるんだ」『チクショー……』ジョージが小さくつぶやくと、そのとき紅葉から通信が入った。『みんな、時間よ! そろそろ出発するわ! 異変があれば、すぐに通信を入れること!』『了解! わたしも今からバスに乗るわ』『失敗は許されないからな! 行くぞ! クレイジー戦隊!』 いつにも増してやる気のあるジョージの声が響くと、その後ろから紅葉の声が聞こえた。『だから、そんな名前はいやだって言ったでしょ⁉ 早く出発しなさいよ! 脳みそクレイジョージ男!』これにはみんな大笑いだ。『ボクも、今からマシュマロとバスに乗るよ!』
 少し元気を取り戻したのか、明るいマルコの声が腕時計から聞こえた。
『あとね、マシュマロがみんなに「ありがとう」と「ごめんね」って伝えてほしいって! みんなの顔が直接見えないと、頭の中には語りかけられないんだって』『俺たちの方こそ、「ごめんね」だよな?』『そうよ。あたしたちだって、時間なんて当たり前にあるもので、大切にしようなんて考えたこともなかったんだもの』紅葉が、僕たちの気持ちをうまく代弁してくれる。こういうときの紅葉は、なんていうか本当に頼りになる。『とにかく、「ありがとう」はこの作戦がうまくいって、あいつを捕まえてからよ!』 再び、紅葉がみんなに気合いを送った。
「僕は今から急いでコスモ小に戻って、いつでも動けるように待機するから、みんなはさっそく出発してくれ」 通信を終え、ペダルに足を乗せて踏み込むと、腕時計からみんなの揃った声が聞こえた。
『了解!』

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