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【読書】『キャリア教育のウソ』

『キャリア教育のウソ』児美川孝一郎 (2013,ちくまプリマー新書)を読書会で読みました。学校現場に入ってきた「キャリアパスポート」への違和感や自分自身のキャリア選択など、「キャリア教育」というキーワードを切り口に様々な思考が促される読書会となりました。今日は、本書の概要とキャリア教育について考えたことをまとめてみたいと思います。

本書について

この本は、大学教員をしている児美川孝一郎さんによって書かれたキャリア教育の本です。キャリア教育を専門としながら「キャリア教育のウソ」という刺激的なタイトルをつけたのには理由がありました。それは本書を読んでいけば見えてくるのですが、善意に満ちたキャリア教育が、本当に現実世界で若者のためになっているのかという問いを含んでおり、そこに挑んでいきたいとの意図が感じられます。

今回、私がこの本を読むことになったのも、実は大学院でキャリア教育について研究していた高校の先生が、読書会の課題図書としてどうかと提案してくださったのがきっかけでした。キャリア教育について熟慮しているその先生も、世の中で「キャリア教育」として捉えられているものの問題点や視野の狭さに疑問を感じていたのです。

本書は、2章で構成されており、第1章で「キャリア教育とは何か」について述べています。そして、第2章では、「やりたいこと」「職場体験」「キャリアプラン」などのキャリア教育と言えばおなじみのキーワードをもとに考察しています。

キャリア教育の目的はストレーターを増やすこと

教育にたくさんのお金を払って、よい中学、よい高校、よい大学に行けるようにすることが子どものためという考えの人もいるでしょう。そして、それはその子がよい仕事に就き、心身ともに健康に生きていくために必要だと考えているのだと思います。

この本では、”まっすぐなキャリアを歩んでいる人”をストレーターと呼び、キャリア教育がストレーターを少しでも増やすことを目的にしていると指摘しています。(P.27)※3年以上就労を継続していることも条件としています。
昔は多数派だったストレーターですが、2012年に行われた文科省と厚労省の調査では、ストレーターは全体の41%だったそうです。(P.25)

確かに、私の大学時代の先輩や友人でも、転職をしている人はたくさんいます。また、昨年行っていた教職大学院の学卒院生も、「一生教員を続けることはないと思う」と話していました。しかも、そのときいた4人の学卒院生全員がそう言ったのです。私はそれを聞いてとても驚きました。私は、少なくとも教員になった時は一生この仕事を続けるつもりでしたから。今の若い人はキャリアを柔軟に捉えているんだな、と妙に感心してしまいました。

でも、教員の仲間にそのことを伝えると「私もそのうちやめると思っていた」という人が何人もいました。
また教員仲間にも違う職種を経験してきた人がたくさんいます。自分も、小学校教員免許をもたずに卒業したので、ストレーターではありません。教員になる前は、子ども発達センターで非正規として働いていたし、大学で専攻していたのは、情報科学と数学で小学校教育とはかなり離れたものでした。しかし、これらの経験は現在の仕事にとても役立っています。

ストレーターを生み出すためのキャリア教育は、今の時代に合っているとは言い難いでしょう。もちろん、教壇に立っている教員は、「そんなことわかっているよ」という人がほとんどだと思います。しかし、キャリア教育を考えるときには、すぐに「やりたいこと」「やりたい仕事」に向けて目標を立てましょうとなります。先は分からないのだから、まずは今やりたいことをやってみようよというのは悪くないと私は思いますが、それなら10年後20年後を見据えたキャリアプランはいらないのでは?とつい思ってしまいます。

キャリア教育における「加熱」と「冷却」の機能

次に話題になったのは、キャリア教育における「加熱」と「冷却」の機能についてです。

僕は、キャリア教育には、生徒に「夢」や「やりたいこと」を見つめさせ、目標に向けた努力を促すという役割と、生徒の希望と「現実」との”折り合い”をつけさせる役割という、二重の役割があると考えている。いわば、生徒の希望や向上心を”炊きつける(加熱する)”役割と、それを適切に”冷却して”「現実」に着地させる役割である。(P.83)

読書会メンバーは、高校の先生が多いので、この部分に共感の声が挙がりました。「加熱」はプラスに受け取られやすいのに対し、「冷却」は大事であるにも関わらず難しいのだといいます。「先生に夢を否定された」と嘆く子も…。今は将来の進路選択の幅が広く、現実検討力が求められます。それにも関わらず、現実が見えていない生徒も多く、進路指導をする先生たちも試行錯誤を重ねているという状態です。

まずは、教員が「加熱」と「冷却」の2つの機能について知っておくこと。そして、いずれは、自分で「加熱」と「冷却」ができるような思考力を身に付けていけるようサポートすることも目指したいという話になりました。

小学校の場合は、どうでしょうか。やたらと「将来の夢」や「好きなこと」「やりたいこと」を書かせるのは、どんな意味があるのだろうと考えてしまいます。また、その場で考えてみるだけならいいのですが、それを「キャリアパスポート」という形で、小学校からずっと引き継いでいくことが、本当に子どもたちのためになるのか…。悩ましいものです。(キャリアパスポートに関する雑務を考えたとき、それだけの価値があるのかということに疑問を感じています。)

キャリア・アンカーとキャリア・アダプタビリティ

筆者は、子どもたちが「やりたいこと」を考えていく上で鍵となるのが、キャリア・アンカーとキャリア・アダプタビリティという概念だと指摘しています。

「キャリア・アンカー」とは、個人の職業生活における「錨(いかり)」のポジションに位置づくものであり、転職を繰り返したとしても、その根っこで通じている価値観のようなものを指す。…(中略)…「キャリア・アダプタビリティ」とは、職業生活上の変化への適応力―言ってしまえば、”いざという時”へのレディネス(準備)と対処能力のことである。(P.80)

この部分については、とても共感できました。というのも、今自分がまさにキャリアについてとても迷っているからです。教員というなりたい職業に就いたからと言って、ただ淡々と仕事して生活が維持できていればいいとは思いません。中堅となり、次のキャリアを考える時期に来ています。

そうしたときに大事になるのは、公立の校長先生・指導主事・私立学校の教員などの役職名ではなく、自分が大事にしたい教育哲学や価値観なのだと思います。どの立場なら、自分の心に偽りなく働くことができ、社会貢献できるのか…。キャリアアンカーは何なのか考えることで進むべき道が見えてきたり、進んだ道でどのようにふるまうかが定まったりしそうです。

また、どんな仕事でも、働いてみたら自分の思った通りだった!ということはまずないでしょう。まず踏み出してみて、自分の勤務する場所でできることを考え柔軟に対応するのも大事なことです。そこで発揮されるのがキャリアアダプタリビティです。思った仕事とのズレを調整し、糧にしていくために、これも大切です。

この本を読んで、キャリア教育は、中学の職場体験や高校の進路指導という狭い意味での捉えでなく、学校教育全体を通して行われるものであり、人生経験そのものなのだと思えてきました。

終わりに

このほかにも、注目すべき内容がたくさん含まれる本書。高校の先生は、図書館だよりで、この本を生徒に紹介し、自分で読むことを促したそうです。

子どもたちの日常生活の何が将来に影響するかは、誰にもわかりません。子どもたちが、節目節目で自分の人生を自分で検討することができるように、教師は日々、子どもたちに誠実に向き合っていく必要があります。職場体験やお仕事調べももちろん大事な学習ですが、それをイベント的に終えただけで、キャリア教育を行っているつもりになってはいけないなぁと気を引き締めました。

また、今回わたしは自分自身のキャリアを考えながら読みました。キャリア教育は決して学校だけのテーマではありません。いつからでも学び直せる社会になればと感じている自分には、とても身近なテーマだったと思います。もし、ご興味のある方は是非お読みください。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。


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