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普通の中学生とは違う生活⑧

この中学時代に生徒指導のY先生と出会います。ここまで色々な先生達に出会って来ましたが、この先生が初めて私の家庭に首を突っ込んでくれた先生でした。初めてそこに真剣に目を向けてくれたのです。Y先生は学校に行っていない私を気にかけよく家に来てくれました。私だけではなく仲間たち全員の家を何回も何回も訪問してくれたのです。来ても何か言う訳でもないんです。

「たこ焼き買って来たで〜食べよ。」

そう言ってたこ焼きを持って家に来てたこ焼きを食べ終わったら

「ほな帰るわ。」

と帰って行くのです。私はこの頃不思議でなりませんでした。学校来いとかちゃんと生活しろとか色々言われると思っていたのですが、一度も言われることはありませんでした。他の仲間に聞いても同じ感じで訪問していたようです。このY先生とは今でも関係が続いていてよくご飯を食べに行ったりします。私がのちに子ども達に関わる仕事を目指して行くと決めた時もサポートをずっとしてくれていて、教育センターでのアルバイトも紹介してくれました。ここまで来られたのもY先生の協力があってこそでした。言葉を交わすだけではなく同じ空間で同じ時間を過ごす大切を教えて頂きました。今でも子ども達と一緒に過ごす時に大切にしていることの1つです。


この頃の私は仲間達とずっと一緒に居ました。暑い時も寒い時も毎日毎日ずっと居ました。そういう場所が出来たことが心から嬉しく、私にとってはかけがえのない場所でした。時には友だちの家に泊まることがあったり、時には外でみんなで野宿することもありました。中学の途中からは仲間の家のテキヤでアルバイトなどもしており、仕事の前日は泊めてくれたりしたのでそちらに泊まることも多かったです。フランクフルトや焼きそばを焼いたりしていましたが、こちらも居場所があって居心地が良かったです。この頃はこのままテキヤを続けていくのも考えていました。基本的にテキヤは1人か2人で1つのお店を任せられます。1人でフランクフルトを焼いている時などはまるで自分のお店のようでやりがいがありました。大阪中の花火大会にも行けたので、私の狭かった行動範囲が広がったようで嬉しかったのを覚えています。もう1つは働いてお金を貰えて泊まる場所もあるというのが私には魅力的でした。可能性が広がる出来事です。行かない年などもありましたが、私は18才まで他の屋号も含め夏はテキヤの手伝いに行っていました。

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