「野党共闘」の終わり

「東京都知事選」が終わった。

小池の圧勝という結果は、前にこのnoteの記事でも書いたように想定内というしかないが、多くの方々も書いているように、私も改めて今回の都知事選を総括してみたい。それは簡単に言えば、こういうこと。

 わずか0.01%だけ得票率が足りずに供託金は没収になったようだが、知名度や準備期間の短さなどを考えれば、やはり「維新」の小野候補の61万票はかなりの得票だし、去年の参院選東京選挙区で52万票を獲得しての維新候補の当選がフロックではない事を証明したと言っていい。

 先月、発表された世論調査でも、大阪の吉村知事の人気もあって時事通信で立憲6.6%、維新が7.7%。産経FNNで立憲9%、維新が11%維新の政党支持率が立憲民主党を上回って野党1位となっているので、今回の都知事選もその流れを受けたかたちとなったのかも知れない。
ただ、やはり維新は大阪や関西の地域政党というイメージが強くあっただけに、それがアウェーとも言える東京でこれだけの得票をしたことは、もはや維新が全国的な政党となった証明だし、そういう意味でも、今回の都知事選の勝者は「維新」と考えるべきなのだろう。

 勿論、こういう私の総括とは全く違う考えの人も少なくない。

 その典型例がこの人のこのツイートだし、「山本太郎が野党共闘を壊したせいで小池が圧勝」という意見は選挙前だけではなく、選挙後も多く見られる。

 勿論、この意見は論外。
宇都宮健児と山本太郎の票を合計した所で150万票に過ぎず、小池の半分にも満たない。 それどころか出口調査では立憲支持層の3割もが小池に投票したと答えているし、何よりも立憲民主や国民民主の支持基盤である「連合」東京が今回、小池を支援しているのだから、山本太郎が出馬しようがしまいが、野党候補の一本化が成功しようが、選挙結果には何の影響もなかったと考えるべきだろう。

(因みに、今回、自主投票だった国民民主党の票を宇都宮健児と山本太郎の票にさらに足したとしても、去年の参院選を参考にすれば200万票にも届かず、小池を逆転することは不可能だったのは間違いない)

「野党候補の一本化」、「鼻をつまんで投票」は正しかったのか?

 で、ここからが本題なのだが、今回の都知事選を総括していく以上はその野党候補の一本化、「野党共闘」についても考えざるを得ないのではないだろうか。
事実、山本太郎の都知事選出馬が解散総選挙での「野党共闘」を破壊したという批判も止まない訳で、この問題を考えることは避けて通れない。

 思い起こせば、2012年の暮れに安倍政権が誕生してからの8年間、安倍政権を打倒して政権交代をなし遂げる為には「野党共闘」が必要不可欠。選挙区で野党候補を一本化して、各野党の支持者も候補者とは主義主張や政策が違っても「鼻をつまんで投票」しよう、と言われ続けて来た。果たして、これは正しかったのだろうか?

 結果だけを見れば、これは決して正しかったとは言えない。

 増減はあるものの与党は常に安定過半数以上の議席を獲得し、安倍は衆議院、参議院の国政選挙で6連勝。野党共闘もずっと行われてはきたが結果は連敗。だからこそ8年もの間、安倍政権が続いているのだ。

 勿論、安倍政権が最低最悪の政権であることは疑う余地はないし、一刻でも早く何が何でも打倒しなければならない政権なのも間違いない。
だからと言って「政権交代」が必要不可欠とも言い切れない。極端な話、自民党の他の誰かが総理総裁になっても安倍政権は終わるし、事実、「次の首相は誰がいいか?」という世論調査などを見ても上位は全て自民党の政治家なのだ。

 勿論、次が誰であれ安倍を首相の座から下ろす為には選挙でダメージを与える事は必要だし、その為に選挙で野党が共倒れを防ぐ必要があることも、選挙協力をすることにも異論はない。

 ただし、「安倍政権打倒=政権交代」で、「野党共闘」で野党が候補者を一本化すれば政権交代が出来る、という考えは残念ながら間違いだし、甘過ぎるというしかないのだ。

 野党が弱ければ「政権交代」は起きない、という当たり前の話

 「小選挙区では一人しか当選しないのだから野党は候補者を一本化すべき」という理屈は選挙のテクニカルなロジックとしては正しい。ただ、だからと言って野党候補が与党候補に勝てるという事は意味しないし、もっと大きな視点で見れば野党候補が与党候補よりも多く当選して「政権交代」が出来る、という事とはもっと無関係だろう。

 選挙の結果は有権者の総意が表れるものだし、選挙結果として起こる「政権交代」もまた同じ。つまり有権者の多くが望まない「政権交代」はどんなに野党共闘のロジックが正しくても起きる筈がないのだ。

 上の画像は過去の「内閣支持率」と「政党支持率」の表。小さくて見にくいかも知れないが、左が2007年8月「第1次安倍政権」の安倍退陣の直前、右が2009年8月「麻生政権」、つまり民主党への政権交代直前の数字。

 どちらも「内閣支持率」は20%代前半で、不支持率は60%超。何よりも「政党支持率」が与党・自民党が30%を割り込んでいるのに対して、当時の野党第一党・民主党の支持率は40%を超えている。そう、だから「政権交代」は起きたのだし、選挙でのテクニカルなロジックとは全く無関係なのだ。

 では、今の「内閣支持率」と「政党支持率」を見てみよう。

 こちらも同じテレビ朝日の調査だが、一目瞭然。野党全ての「政党支持率」、それこそ野党とは呼べない維新を加えたとしてもその合計は与党・自民党の支持率の半分にも満たないのだ。
これで一体なぜ、何をどうすれば国民の多くが支持もしていない野党への「政権交代」が可能なのだろう。

 いま野党がすべきは現実問題として国民が望まず、出来もしない「政権交代」ではなく、野党への国民の支持を広げて「政党支持率」を上げることだ。

 野党の「政党支持率」の合計がせめて与党・自民党と伍する程度にまでならないと、いくら選挙区で野党候補を一本化しようが、私たち安倍政権を支持しない人間が鼻をつまんで投票しようが「政権交代」など起こる筈がないのは、有権者の総意としては当たり前だし、それこそバカでも判る理屈ではないだろうか。

 「政権交代」をする為に本当に必要なこととは

 そもそも選挙区での野党候補一本化とか、「鼻をつまんで投票」とかいうのはあくまでも選挙での当落の為のテクニカルな代物に過ぎず、政策や主義主張、どんな政治や国をつくるかという事とは無関係。それこそ安倍政権に選挙で痛手を与える為には有効かも知れないが、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 よく“野党は安倍政権を批判するだけ”という意見があるが、安倍政権を批判するのは当たり前だとしても、野党が選挙でしていること、野党候補一本化とか、「鼻をつまんで投票」などは正に安倍政権を批判する為だけにやっていることと何も変わらないのではないだろうか。
 ましてや、上にも書いたように「政党支持率」で見る民意では絶対に「政権交代」は不可能なのだから全く無意味というしかない。

 中味の善し悪しで言えば勿論、悪い訳だが、安倍政権を批判もせず、野党協力もせず、ただひたすらに公務員叩きや民営化、中韓ヘイトなどの自らの主義主張や政策を訴えているネオリベ極右の「維新」が政党としての勢力を伸ばしつつあるのもむべなるかななのだ。

 そもそも選挙の目的は「当落」だけではない。
勝てない立候補であっても選挙運動をしていく中で、政策を訴え、候補者や政党をPRし、有権者の支持を広げていく訳で、選挙で候補者を立てる事は政党の基本的な政治活動。

 野党候補の一本化で立候補を取り下げてそれをしない事は党勢拡大に繋がらない自殺行為に過ぎない。 特に共産党などは立憲などに譲るカタチでそれを強いられて来た訳だし、それが共産党の弱体化に繋がっていると言っても過言ではない筈だ。

 その共産党や山本太郎のれいわ新選組など、野党がとにかくそれぞれの党勢を拡大し、国民の支持を広げない限り、「政権交代」など不可能。

 政党支持率を見ても明らかなように、ここまで野党が弱くなった現実がある以上、「野党共闘」よりも「自党優先」、野党がそれぞれ競い合って自らの政策や主義主張を訴えて「党勢拡大」していくしか選択肢がないのは当たり前だと思うのだが。

 最後に言えば、こちらも論外。

 この傲慢不遜さも許し難いが、そもそも立憲が掲げる「まっとうな政治」や立憲主義は安倍批判としては的を射ているとしても、主義主張や政策以前の問題。野党間の徹底した政策協議ではなく、政党の党首としてどんな政策で、どんな国をつくろうとしているかも判らないような人間を首班指名する事が必要不可欠な「候補者一本化」ならばする必要などない筈。

 安倍政権の終わりは間もなくあるかも知れないが、それでも次の選挙での「政権交代」など何をどうやってみても不可能。
それぞれの野党が自らの政策や主義主張を訴えて少しでも国民の支持を広げ、党勢を拡大することにこそ尽力すべきだし、そうでないと、それこそ「野党共闘」に見向きもしない「維新」が野党第一党に躍り出るという悪夢も起こり得ることを知っておくべきだろう。

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