太宰治 「海」 の良さが分からない。
太宰治の「海」は1000字にも満たない掌編小説である。
あらすじ
太宰治の「海」は、1945年、太平洋戦争(大東亜戦争)末期の頃、東京大空襲やたなばた空襲に見舞われ疎開先を転々とする太宰一家のお話。
東京の三鷹の家にいた頃は、毎日のように近所に爆弾が落ちて、私は死んだってかまわないが、しかしこの子の頭上に爆弾が落ちたら、この子はとうとう、海というものを一度も見ずに死んでしまうのだと思うと、つらい気がした。
太宰は5歳の娘にどうしても海を見せてやろうと思い立ち、疎開先で念願の海を見せてやることができた。
しかし、娘は海に対して「川だねえ。」とあっけない反応を示す。
妻も同じく、なんだか眠そうな態度。
せっかく海を見せてあげられたのに、川だなんて、あんまりにもひどいじゃないか!
太宰は2人と海を見れた感動を分かち合えないことをひどく嘆いて反論し、物語は終わる。
しかし、分からない。
良さが分からないのだ。
皆が感銘を受けるほどの作品に思えない。
太宰の作品は好きだ。
人間失格をはじめ、斜陽や道化の華、女生徒など数多くの作品を読んできたが、どれもこれも魅力的な作品ばかり。
読み終わってもしばらく不思議な余韻で満たされる。
ところが、「海」を見た時、
「うん。それで…?」
こんな感想が真っ先に頭をよぎってしまった。
しかし、「海」のレビューなどを見ていると、多くの方が大絶賛のコメントを寄せている。
★★★★★(Amazonレビュー)
素晴らしいお話です。ひとつひとつの言葉にいろんな感情が込められていて、海というものを使いいろんな人間の感情を表しています。作者の伝えたかった事は全て”海”というものに例えられています。本当に素晴らしい作品です。
(Kindleレビュー)
太宰の人間らしさが窺える作品。海に興奮する太宰。その光景を想像するとクスッと笑ってしまった。太宰の妻と我が子の反応に子供のように反論をする太宰が可愛い。最後の一文がすごく印象的。
(Kindleレビュー)
海を見てはしゃぐ太宰と、「あれは川だ」と主張する五歳の娘。ほのぼのとした家族団欒の一幕。しかしながらその背景には、仄暗い戦争の影が常に潜んでいることを忘れてはならない。
なるほど、たしかに価値観の違いに頭を抱える太宰の姿は何だか微笑ましい。
そして背景に”戦争”という暗い影が対照的に描かれ、”海”というものがその象徴として描かれているのではないかと考えられなくもない。
しかし私には理解が出来ない。
この作品はそれほど素晴らしい作品なのだろうか。
なにも、かの大文豪・太宰治の作品を批判し、けなそうとしたいのではない。もちろん「こんなもの駄作だ」と言ってしまっては世の評論家から感性が乏しいと糾弾を受けるだけであることは自明である。
単純な疑問にもやもやしているだけなのである。
では、なぜ私がこの作品を読んで、すっきりできないのか。
「川端康成へ」を読んで疑問が生じた
それなのに、わざわざ太宰の「海」を取り上げて疑問を呈するのには、理由がある。
それは、太宰治の他作品、「川端康成へ」という随筆を読んだ際のこと。
本作で「海」が大傑作として紹介されたからであった。
「川端康成へ」は芥川賞の審査を務めた川端康成が太宰治の「道化の華」に対し、
「私見によれば、作者目下の生活に嫌な雲ありて、才能の素直に発せざる憾み(うらみ)あった。」
という評価をされて落選したことに対する抗議文のようなものである。
こちらも太宰治の人間らしさがありありと描かれていて面白い随筆だ。
そこで「海」が登場する。
執筆に行き詰った太宰は「海」という小説を書き、周りの小説家や、なんと井伏鱒二にまでも傑作だと評されたというのだ。
その「海」は現在のものとは形式が異なり、
ん、?
【謝罪】
勘違いでした…。
ここまで書いてしまったのでもう投稿してしまおうと思うが、たった今、ここで重大な勘違いを犯してしまっていたことに気づいた。
「川端康成へ」で傑作として登場したのは、上述した「海」ではなく、「道化の華」の前の題名であったのだ。
つまり、私が疑問を持っていた「海」という作品とは全く関係がないということだ。
タイトルを見てここまで読み進めてくださった読者には、心から謝罪申し上げます。
決してタイトル詐欺をしようと企てた訳ではありません。
こんなに考え抜いたことが徒労に感じられ、半ば精気を失っている…。
いやはや、しかし、この勘違いと不満がなければ、これだけ「海」について考えたことはなかっただろう。
そして、私は正直なところ「海」を少し好きになってしまっている。
作品に疑問をもって焦点を当てたからこその産物である。
これを無駄にしないためにも、そのまま投稿することにする。
※追記
ちなみに、レビューでは、じだんだを踏む太宰のおちゃめさを可愛らしいとするコメントが多かったが、実際はエッセイではなく、創作小説であることが一部の記事で書かれている。真偽は不明だが…。
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