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次お父さんの番だよ 「風呂の順番」古川真人

2020年、「背高泡立草」で第162回芥川賞受賞した作家、古川真人さんの小説が文學界に寄稿されていたので読んだ。

実は背高泡立草はまだ読んでいない。
気になって一度書店でパラパラとページをめくったことがありながら、未読のままである。本作を読んで、背高泡立草もしっかり読んでみようと思った。

あらすじ

父親の経営不振によって引っ越しを強いられた一家の話。家庭の状況はやや深刻だが、家族5人が集まれば会話は絶えないもの。話題は転居後の家の話、前の家の話、息子の病気の話、テレビや椅子の不便さと、話題は右往左往しながら家族は一夜を過ごす。家族の一員としてそれぞれが「家族をしながら」各々が抱える感情と会話の錯綜する中で次々と風呂に入っていく。一番最後に風呂に入るのは…?

所感

全体の文章の印象としては、まどろっこしいけど好きな文章だった。
こんな事を言ったら怒られるかな。

変わったアレンジをした難しい単語をよく使う。
意外を意想外いそうがい、ひとりごとを独話どくわ披瀝ひれき平生へいぜい等。
句点や注釈が多く、一文が長め。
一見読みづらい文章なのだが、直線でなぞっているだけなのに、浮遊して点在している情報を補完してくれるので、ボリュームを感じる良い文章だった。

本作に関して言えば、目覚ましい展開は無く、衝撃の事実も明かされない。隣の家から漏れ出す会話が耳に入ってきている感覚。少しズレるかも知れないが、太宰の「女生徒」を読んでいるときの清らかな感情に読後の感覚が似ている。

聞いたことのない九州の方言が多用されるため慣れるのに時間がかかったが、慣れてしまえばいつの間にか温かみを感じていた。確か背高泡立草も会話に方言が多用されていたから、調べてみると著者は長崎の島出身とのこと。なるほどこの方言が武器なんだな。

話題のカオスさがリアル

5人家族が目の前の出来事について話し合うこともあれ、それぞれの昔話に耽ることもある。文字に起こせば、それらはある程度まとまった文脈に基づいて語られるのが普通だが、不意な一人のしぐさからその人の話題になり、普段の行いに話が飛び、昔話に火がつき、そしてまた戻ってくるかと思ったらまた昔の話。こうした家族の会話のカオスな感じがリアルに綴られる。同じことを話していても話し手によって話したいことが違うので一本の線路を進んでいる感じがまったくない。そういう意味で若干の「読みにくさ」が生じたのかも知れない。


考察 ※ネタバレあり







風呂の順番は何を意味している?

経営が傾いたことで仕事がなくなり、すっかりもぬけの殻になってしまった父親は、最終的に風呂に入らなかった。羽振りの良かった頃に買ったベンツも売り払ってしまい、趣味の道具や、ついに家まで奪われてしまった彼にとって、唯一その頃の輝きとして新しい家に持ってこれたのがソファであり、そこであれこれを思案しながら時間は経過していった。
父親は母親のミホから頻繁に「家族しない」と揶揄され、5人の家族の輪に入れていない状態のようだ。会話の節々からそれは伝わるし、父親が喋ると家族は虫が散っていくように話すのをやめる。消して避けられている訳ではなく、せいぜいいじられるぐらいなのだが、父親としての威厳はそこになく、もはや扱いは場所を取る家具同然
風呂の順番、というか風呂に入らなかった父親は、家族のヒエラルキーでは最下層ということなのだろうか。

しかし、家族はやれ「風呂入れ」「せっかく入れたから」などとしきりに父親を風呂に入らせようとしていて、そこにも家族の温かみを感じる。しかし父親が断固としてそれを拒否するのは、自身の情けなさ、後ろめたさゆえなのだろうか。大黒柱にのしかかる重圧をただただ感じるばかりである。

「家」や「猫」が喋るのはなぜか。

次男のミノルが一服のために隣の空き地にある井戸に腰を掛けていると、「新しい方の家」と「古川の古か家」の2つの家が話しているのを耳にする。建てられた年から生きているとして相応の年寄りの声で世間話をしている。
また、家の近くで拾ってきた猫カラマロにも自我があり、喋りはしないが人間らしい感情が時々描かれ、吾輩は猫であるを彷彿とさせる。

最後に家族全員が違う夢を見るという描写の中で、猫も同じ位置づけで夢を見ていることから、家族の一員であるということの裏付けなのだろうか。
「家たち」はそれを見守り、家族してるのかしてないのか分からないようなこの家族を前に、

「いまはそうやろばってん、わいわい話すよ、また明日から。
 あの家族やもん。」

文藝界(2024年7月)

という優しい言葉で幕を閉じる。
家族を支え、見守り続け、家族たらしめているのは他でもなく、家なのか。

家が喋るのを聞いた人物が、目の見えない長男のヒロシでは無くミノルだったのはなにか意図があってのことだろうか。若干もやもやが残る。



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