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王さまの本棚 4冊目

『ホビットの冒険』

J.R.Rトールキン作/瀬田貞二訳/寺島竜一絵/岩波書店

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本棚の中。
奥の、白い背表紙がこれです。

ツイートでは、寺村輝夫と寺島龍一がごっちゃになって、寺村龍一という架空の画家を生み出してしまいました。
誤字もあるし、愛が先走りすぎている。落ち着いて!


今日は9月2日、トールキン忌です。
トールキンは1973年に亡くなっているので、1985年に生まれたわたしは、教授と同じ世界の空気すら吸えていないわけで、そのことがとても寂しいです。
あの世でも準創造をされているのでしょうか。

さて、この本は結婚1周年つまりお付き合い3周年のお祝いの品で夫がくれた本です。微妙にお高い(2500円くらい)ので、……虎視眈眈と窺ってはいたのですが、なかなか機会がなく、自分から指定したとはいえ、もらったときはうれしかったなあ。終盤の五軍のいくさが表紙ですよね。文庫版ホビットの冒険といい、旧訳ハードカバー版指輪物語といい、寺島龍一はネタバレに容赦がない。笑

でも、トールキンの挿絵画家で誰がいちばん好きですか!って訊かれたら、ほんとうに困る、いちばん……3人でもいい?まずはアラン・リーと寺島龍一。このふたりのゴクリ、ビジュアルは全然似ていないのですが、どちらにも、『とても年老いていてあわれっぽい』という共通点があるのです。とくに寺島龍一のゴクリは、生き生きとしつつ年老いていてあわれっぽいという、絶妙な絵。凄いことです。
(アラン・リーのゴクリもすごく好きなんだけど、ゴクリ以外の絵もとても好きで、基本的に、神々しいともいえるような美しさのあまり、あまり生き生きとはしていないので……でもあのぼうっと光るような絵が心の底から大好き。)

ところで各国のホビットはなかなかユニークな表紙が多いらしく。
(精一杯言葉を選んでいる。)
(詳しくはググってください。)
(児童書は、イコールアニメーションではありません)
(そもそもこの本は児童文学です。)(にわか児童文学普及運動家)

そんな中で、日本の挿絵はトールキン自身にも評判が良かったそうな。さすがは岩波書店!

そして3人目の好きな挿絵画家は、われらがJ.R.R.トールキン自身。
いろんな人の絵を見るにつけ、ホビット庄や裂け谷で、どうも同じ構図の絵が多いと思っていたのです、小さいころ。そしたら、王さまの本棚9冊目に登場予定のオリジナル版にしっかり載っている、トールキンの筆による挿絵が、もとの構図になっていたのですよね。
謎が解けてすっきり。


ところで、「目指せ千夜千冊ツイート」中、ここにものちにも一切話題に出なかったホビットの本があるの、ご存知?

原書房から出ている、山本史郎という方が訳した本なんだけど。

つまり、ホビットにはわたしの知る限り、以下の版があります。ぜんぶもってます……

岩波書店
◎岩波少年文庫全2巻(瀬田貞二訳、寺島龍一絵)
◎ハードカバー(瀬田貞二訳、寺島龍一絵)
◎オリジナル版(瀬田貞二訳、J.R.R.トールキン絵)
原書房
◎文庫『新版ホビット-ゆきてかえりし物語』(第四版・注釈版)全2巻(山本史郎訳、表紙絵不明)
◎ハードカバー『ホビット〔第四版・注釈版〕ゆきてかえりし物語』(山本史郎訳、各国ホビット挿絵入り、表紙はトールキン絵)

そして、山本史郎氏曰く、

『ホビット』を目の前にして、翻訳者として心がけたことが一つあります。原文の正しい理解ということは当然のこととして、なるべく原文のニュアンス、薫り、雰囲気――正確には何と言ってよいか分からないのですが、もとの文章のいわゆる「意味」以外の部分をも、ある程度伝えたいと思ったのです。
(中略)
経験から言って、こうしたことを翻訳で伝えるには、文章の端々や口調そのものをどぎついくらいに誇張して表現するしかないと思います。
(『ホビット〔第四版・注釈版〕ゆきてかえりし物語』p.446-447)

どぎつい……という表現に不安と疑問を抱えながら、例を出すと、

トールキン(原書):Great elephants!
瀬田貞二:ウドの大木じゃな!
山本史郎(ハードカバー):ナンタルチア!

そう、通称『ナンタルチア版』だそうですよ、原書房ハードカバー版。ちなみにいつの時期かはわからないけれど、しれっと改訳していて、わたしが持っている文庫だと、『こりゃ、驚き、ももの木、バナナの木じゃね!』……
映画館の売店にも岩波じゃなくて原書房版が置かれていたのがすごく不満でした。
映画館の物販がどういう仕組みなのかはわからないのですが、岩波書店が買い切りだからかしら……わたしが映画館の偉い人だったら、買い切りで自腹切ってでも、読みやすく良い訳である岩波版を置くのになあ!

瀬田貞二はたしかに、古い日本語や言い回しを好んで使うし、古典的な翻訳児童文学に慣れていないと最初は読みづらさを感じるかもしれないけれど、慣れるのになあ……いえ、慣れる慣れないとか好みはひと様のことだからなんとも言えないけど、最初は少し敷居が高くても児童文学だから言葉は平易だし、何をおいても、ナンタルチアよりはだいぶいいと思うんだけどなあ……。
瀬田貞二の日本語は、古典時代の物語や和歌、近代の文語から連綿と受け継がれてきた美しい日本語の流れを、戦後、石井桃子に代表されるような人々とともに、子どもたちに良質な児童文学を届けようという信念のもと、汲んでいます。特に子どものうちにそういうものに触れるというのは、とてもよいことだと思うのです。

ただ、原書房ハードカバー版には各国のホビット挿絵や、トールキン自身改稿をよくする人だったので、その注がとても詳しく入っていて、読みづらいけれど、研究材料としてはとても興味深いものがあります。
うーん、だからと言って、ナンタルチアは到底看過できるものではないけれども。ども。ども。。。。(葛藤)
ちなみにゴクリの喋り方はもっともっと看過できません。

トールキン(原書):My preciousssss!
瀬田貞二:ししし、いとしいしと、よ!(ほんとうは、ひと)
山本史郎:僕チン

(原書房版は勉強のために!と思って読み始めても、いつも『暗闇のなぞなぞ合戦』の章で、ゴクリの口調に付いて行けずに挫折するのでした……僕チンつらいでしゅ。)

原書房文庫版(バナナ版とでも呼びましょうか)は、しれっと、版の番号も変わらないのに改稿されているという謎の展開な上、ゴクリの口調は相変わらず僕チンでつらいし、挿絵もないので、よっぽどのマニアが注とあとがきを読むため以外には買わなくてもいいと思われます。

そんなわけで、ややこしくて長くなるから、ツイート時には原書房版には触れなかったのでした。

お小さい人が読むなら、この岩波書店ハードカバー版か、岩波少年文庫が良いかと思います。おすすめおすすめ。オリジナル版が向いていない理由はまたそのnote(9冊目)でお話しします。




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