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「サルの自撮り」の著作権は誰にあるのか?前代未聞の権利論争に迫る。


自撮り文化。現代の"自画像"とも呼べるそのカルチャーは今や世界のスタンダードな自己表現の手段となった。
だがどうやら、自身の写真を撮ることに興味があるのは人間だけではないらしい。

2011年、撮影のためにマダガスカルを訪れていた写真家・デイビッド=スレーター氏は、そのジャングルを歩いている際に思わぬ刺客にカメラを奪われた。挙句、"彼"は盗んだカメラを使って自撮り写真まで撮ったと言うのである。百聞は一見にしかず。彼の正体についてはその写真を見た方が早いだろう。

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これが問題の写真。そう、彼の正体とはなのである。種類はマカクザルと呼ばれるもので、世界に広く分布していることで知られる。

動物が、しかも初めて撮った自撮りにしては随分と上手に撮れている。ノンデジタルネイティブ世代であれば、これほど上手く撮れる者はいないだろう。

『一介の写真家がカメラを猿に取られ、あろうことか自撮りまで撮影されてしまった。』これだけ聞けば只の少し可笑しく、そして温かい、動物と人間の交流エピソードである。しかし、この一件はのちに世界を巻き込んだ一大論争を引き起こすことになる。

その発端はアメリカの動物愛護団体・PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)が、件の自撮りの著作権はその撮影者である猿(「ナルト」と名付けられた)にある、として写真家のデイビッド=スレーター氏を訴えたことによる。

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何ともおかしな話である。各国によって多少の差異はあれど、著作権法はその権利の帰属先が「人間」であるという大前提から成り立っている。逐一、人間という文言を挿れていたら、まさに電子レンジに猫になってしまう。念の為、参考用に日本の著作権法にあたる箇所を引用しておこう。

第一条 この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。(著作権法)

写真家のスレーター氏もおおよそ同様の反論をした。彼曰く、「そもそもこの状況を生み出すために自分が多大な努力を払ったことから、自分が著作権を主張する正当性は十二分にある。」とのこと。

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(写真: デイビッド=スレーター氏)

もっともな意見である。流石に裁判所も同様の所感であったらしい。米サンフランシスコ控訴裁判所は、猿には著作権保護が適用されないとの判決を下した。著作権はスレーター氏に属することが正式に決定したわけだが、彼は個人的に、著作権収入の一部をナルト(例の猿)の生息環境の保護に取り組む慈善団体に寄付することを決めたという。


この判決を受け、PETAの弁護士は次のように語った。

「人間がどうすれば動物を搾取できるかではなく、動物たち自身のために動物の基本的権利を拡大する必要がある。PETAの画期的な訴訟をきっかけに、動物の基本権について、大々的な国際的議論が起きた。」

中々な過激論者ではあるが、実際にこの訴訟は国際的なトピックになり、相応の問題意識は人々の中に醸成されたと言える。現在は性的マイノリティの方など、差別に苦しんだ人々が一時期よりは少なくとも改善された社会で生きていけるようになっている。そうした状況下で我々は「人間」だけに目を向けていてはいけないのかもしれない。

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一方で、人間が勝手に作り上げた法律というスケールを動物たちに当てはめて良いのか、という問題もあろう。人間は人間全員の権利が保障される世界すら未だに作れていない。それなのに対処する範囲をさらに広げて良いのか。疑問は尽きない。

写真をアップロードするだけで偶然写り込んだ動物にも許諾を得ないと肖像権的にアウト、などという馬鹿げた未来が訪れないことを祈るばかりだ。

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(写真: 被写体に許諾を撮れなかったのでモザイク処理を施した動物の画像)


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【余禄】

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本日の記事のテーマは「サルの自撮り」と「第一印象」でした。なのでこの一件に関する私の印象を述べてきたわけですが、そもそもサルの自撮りなんていう単語が登録されていることに驚きました。

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参考文献

- BBC NEWS: 『Photographer settles 'monkey selfie' legal fight』, 11 September 2017, https://www.bbc.com/news/uk-wales-south-east-wales-41235131



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