見出し画像

「夫婦喧嘩。」/ショートストーリー

「今日で40歳になった。」
夫が朝食前に突然思い出したように言った。
はあと思った。
確かに、夫の誕生日だった。
わたしは忘れていたのだ。
申し訳ないと思う気持ちよりも怒りがこみあげてきた。
わたしの口から出た言葉は。
「そうよねえ。誕生日だったわね。でもさ。わたしの誕生日のとき、おめでとうさえ言わなかったわよね。」
わたしの口はきっととんがっていたはずだ。

だって。
数日前のわたしの誕生日の時は、夫は本当にスルーしたのだ。
何か欲しいわけじゃない。
いや。
何かプレゼントぐらいして欲しいのが本音だ。
せめて。
外食ぐらいは。
それなのにだ。
スルーである。
多分、妻と言う立場の女性たちにはわたしの気持ちがわかってもらえると思う。
だって。
わたしは文句ひとつ言わなかった。
嫌味ひとつ、言わなかった。
もう一度言う。
それなのにだ。
いけしゃあしゃあと。
今日は自分の誕生日だからなんだって言うのよ。

わたしは落ち着こうと深呼吸をしてみた。
だが。
怒りがどんどん湧いてコントロールできるか、わからなかった。
どうしてくれようか。
やはり。
もう、この結婚生活は終わりにしようか。

と思った瞬間、愛猫がニャーと足元でごはんを催促した。
それでハッと我に返った。
わたし、空腹なんだわ。
空腹だと怒りぽっくなるんだった。
愛猫にごはんをあげながら、自分はワインを飲んだ。
夫は全くの下戸だがわたしは違う。
ざると言っていい。
朝から飲むことも多い。
わたしのワインには『飲むな!』と書いてある。

だって。
そのワイン。
普通のじゃない。
人間のワインじゃないのよ。
あっ。
正確には人間用じゃないってこと。
人間のワイン、つまり人間の生気でできている。
夫が飲んだら夫は壊れてしまうだろう。

空腹ってまずいわね。
私はワインを飲んで笑顔になった。
「お誕生日、おめでとう。夕食はわたしのおごりで外食にしましょう。」
「こっちが悪かった。すまない。離婚とか言わないでくれよ。」

本当に、なんで人間なんかと結婚してしまっただろう。
ああ。
そう、非常食だったわね。
わたしは裂けそうになりそうだった口を戻した。
そして、笑顔になってもう一度ワインを飲んだ。


この記事が参加している募集

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?