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「夢をみる。」/ショートストーリー

「本当によろしいのですか?」

私はなぜか、最近悪夢ばかりみるようになった。
いつも、自分の叫び声や唸り声で目を覚ます。
夢がリアルすぎるというのもある。
目が覚めても本当に現実へ戻ってきたのか、わからない時がある。

最初は脳神経外科に行ってみたが、脳の方には問題はなかった。
それで精神科を紹介されたが、正直自分の中で無駄だと思っていた。
日常生活でそれほどのストレスを感じたことがないからだ。
それでも気休めにカウンセリングを数回受けてみたがやはり、悪夢の方は改善されない。
私は。
だんだんと眠るのが怖ろしくなっている。

結婚したばかりの妻の方は朝まで熟睡だと言う。
たしかにあっという間に寝て朝まで起きることがない。
妻は私の悪夢について寄り添ってはくれるが、たぶん本当には理解できてないと感じている。

まあ、仕方ないことだと思う。
が。
隣で健やかに眠っている妻を見ているうちに、とても怖ろしいことを考えている自分に驚くのである。

それで。

ネットでなにかないかと検索していたのだが。
見つけたのだ。
その医者を。
ただし、闇サイトの医者だ。
ちゃんとした医者かどうかもわからないが、藁にも縋るというのはこういうことなのだろう。

それで。
他に手だてがない私は。
恐る恐る、その医者の診察を受けることにした。

ごくごく普通のマンションの一室。
白衣を着た医者。
白衣を着ていると誰でもそれらしく見えるなと私は思った。

「そうですね。あなたのような方は最近では珍しくないのです。」
それなりの検査らしきのものと問診後に、医者はそう言った。
「今、世界がこんな状況でしょう。知らず知らず影響されてしまうんです。」
私は頷くしかなかった。しかし、そうならば妻はなぜ影響されないのだろう。

そう思った私の心のうちを読み取ったように。
「影響されないひと達は、生まれつきのバリアみたいなものが備わっているようです。」
そうなのか、ずいぶんと不公平なとも思ったが仕方ない。

「それで、悪夢をみなくてすむ薬とか処置はあるのでしょうか?」
「ネットにも表記されていたと思いますが。未承認なのでね。金額はかかります。」
金額については覚悟していた。闇サイトの医者なのだから。

「あとですね。未承認というのは承認されない理由があるわけです。そのへんもご理解していらっしゃいますか?」
「えーと。具体的にはどういうことですか。」
「まあ。副作用が個人によって幅がありまして。と言って命に危険はないのですが。」
「最悪の場合、どうなるのでしょう。」
「実は私も悪夢を見続けて色々と大変でした。それで自ら試してみたんです。たぶん。わたしが一番ひどい副作用がでたんだと思います。」

私は医者をじっくりと眺めてみたがどこといって異常を感じるところはなかった。
「先生は普通に見えますが。」
「普通という定義は色々とありますがね。普通と言えば普通でしょうね。」
「夢をみられないのです。」 
それでいいじゃないか。
良い夢をみられなくても、悪夢をみるよりはましだ。

医者はそれっきり黙って私の顔を伺っている。
そして。

「一度処置しますと元には戻れません。そのあとのフォローもありません。そういう類のものですが。本当によろしいのですか?」
「はい。よろしくお願いします。」
処置は思いのほか簡単だった。
別日を指定されるのかと思ったが、キャンセルが入ったらしく、その日のうちに処置をしてくれた。
時間なんて10分経ったかどうかぐらいだ。

これで悪夢を見続けることもない。
やはり、睡眠は大事だ。
あんな怖ろしいことを考えたのは悪夢のせいだ。


私は悪夢をみなくなった。
悪夢をみなくなったが。
夢もみられなくなった。

私は。

自分が夢みていたものがなんだったのか、思い出せない。

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