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「白いチューリップ。」/ショートショートストーリー

「お父さん。また昼間からお酒飲んでいるの?」

「だってまだ、正月じゃないか。いいだろう。」

「お母さん。何か言ってやってよ。」

娘は白いチューリップを仏壇に供えながら、私に向かって言う。

「母さんに言ってどうする。」

娘は相変わらず、父親に対して厳しめだ。少しだけ夫に同情する。
でも。娘だって父親への心配から小言をいっているのだから、どちらにも味方できなくてね。

「母さん。玲香は口うるさいな。」

「何が口うるさいのよ。」

お正月早々に親子喧嘩なんかしなくてもいいじゃないのと思うが、やはり娘の言うこともわかる。
アル中のような飲み方までは、いっていないけれどお酒の量が増えている。
年とともに精神的に弱くなってきているのかもしれない。
まだまだ、孫の顔もみていないのよ。もう少し、しゃっきとして欲しい。


夕方になると娘は嫁ぎ先へ帰っていった。
近くに嫁いだからものだから、なんだかんだと理由をつけて帰ってくる。
とは言え、最近は泊まりがけは少なくなっている。
考えてみれば、それが嫁にいったもののとしては普通だろう。
娘の旦那さんは良くできた人だと娘の婚約中から思っていた。
娘は昔と違ってそれが普通だからねと言う。

「お母さんね。お父さんみたいな人はね。今だったら離婚されているわよ。仕事優先で家のことは何も関与しなくても良い時代はとっくの昔になくなったの。」
と娘は結婚前に私の顔をみる度に言っていた。

うちの夫は本当に結婚した時から仕事優先だった。営業だったから、お休みもない感じで、接待だのと家をいないことが多かった。
娘は他に兄弟姉妹がいないから、余計に淋しかったのかもしれない。
娘の行事もほとんど私ひとりだったのもたぶん、娘にはきつかったのだろう。
私もそこは見ないふりをしていたというか、私自身が妻として母としては、いっぱいいっぱいだったのだ。

夫はこの頃、娘が嫁ぎ先に帰ると決まって私に話し出す。
それも饒舌と言っていい。会社の愚痴から始まって、とにかく私に話しを聞いてもらいたいらしい。
夫は会社以外の付き合いが悪くて友達も少ない。
話しを聞くのは私しかいないのだ。

それでも。
以前は夫のプライドが邪魔をした。
自分が家族を養っているという自負が。まったく九州男児でもあるまいし。

「なあ。咲江。もうすぐ一周忌だな。早いもんだ。俺はお前たちのことをもっと大事にしてやっていたらと、今頃になって考えるよ。酒もそろそろやめるよ。」
夫が私の遺影にいつものように話し出す。
大丈夫よ。あなた。

「また。話しを聞いてくれ。」
もちろんよ。遺影の私は笑顔でしょう。

白いチューリップの傍で私は微笑んでいる。



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