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「娘。」/ショートストーリー

「パパ。ママ。今まで本当にありがとう。」
と娘が涙声で私たちに言う。

今日は娘の結婚式。上の兄である息子はすでに結婚しているので。
今回が初めての結婚式ではないけれど。
やはり。
息子と娘では違うものなのだと感じる。

「だめよ。今日からは子供みたいにパパ、ママなんて呼んでは。」
私も涙が溢れそうである。
夫である娘の父親はもう鼻が真っ赤になっている。
父親にとって娘の結婚は他の男に奪われるというものなのだと聞いたことがある。
しかし。
これで息子、娘と結婚したから。
あとは、私と夫のふたりきり。
少し肩の荷がおりたという気がしてもいいはずなのだが。
娘のことで気がかりなことがあって。
今日の空のようには晴れ晴れとしない。

「ねえ。あなた。本当に大丈夫かしら。まだ23歳なのよ。」
「何を急に言い出すんだ。今日嫁いでしまうんだぞ。」
「だって。あなた。この結婚式よそ様からみたらおかしいでしょう。」

そうなのだ。一般の結婚式とは違う点がある。
妹と一緒のいわゆる合同結婚式。
そのために、結婚式は普通の結婚式のスタイルではない。
ガーデンウェディング。
合同でするのだったらと娘たちが決めた。
それに娘の相手がフランス人だった。

息子の時は昔ながら披露宴。
それに比べても見劣りはしないし、娘だってのびのびとしている。
私たちを含め、親族たちだって洋服で出席している。
正直、私だってこういうのは嫌いではない。
私たちの時代とは違うのだ。

だけど。
どう考えても。
どう理解しようとしても。
こころがざわついてしまう。

いもしない空想の妹と合同の結婚式だなんて。
あの子はずっと空想の妹がいると言ってきかなかった。
そういうことはあるものだと思ったりしたし。
子供のころには空想のお友達を創り出してしまうこともあるとドクターも言っていた。
だが。
どんなに年を重ねても、娘は妹が実在すると言う。
私以外の家族は娘に合わせていたけど。
私は不安でしかたなかった。

私のかわいい娘はどうなってしまうのだろう。
この先、普通に暮らしていけるのだろうかと。
何故、みんな娘の病気を気にしないの。
治らないこころの病だからなの。

そして。
ついには妹と一緒に結婚式だなんて。
悲しすぎる。残酷じゃないの。
娘の相手のおうちに理解があると言うべきか、それとも外国の方だからなのか。
あまり考えすぎるといつも頭が痛くなってしまう。

「お母さん。御気分でも悪いのでしょうか。」
そう声をかけてきたのは、実在しない妹の相手。
つまり新郎なのだが、その両親と親族もどこから連れてきたのだろう。
そういうひと達を雇ったのは誰なんだろう。

とにかく。
娘は結婚したらすぐにフランスにいくというから。
そういう意味ではもう実在しない妹について。
娘と喧嘩したりしなくてすむ。
娘だって環境がかわればこころの病が良くなるかもしれない。
そう考えよう。
そのために、この結婚式のあいだだけ。
娘たちに付き合おう。
他のひと達が娘に合わせてくれているのだもの。


絵麻えま。ごめんね。」
「大丈夫よ。お姉ちゃん。こうして一緒に結婚式を挙げられるなんて。夢みたい。みんな。ママのこと。わかってくれているわ。」
「だって、こうでもしないとあなたの結婚式にママは出席しない。」
「仕方ないじゃない。ママには私が見えないの。パパと兄ちゃん、お姉ちゃんがその分私に寄り添ってくれたじゃないの。」
「私。フランスに行ってしまうのよ。しばらくは絵麻えまに逢えない。」
「旦那様がいるじゃない。それに私の嫁ぎ先は近くだし。瑠衣るいのかわりになるべく実家へ行くわ。私たち双子だもの。もしかしたら。片方がいなくなって私が見えるようになるかもしれない。」

絵麻えま瑠衣るいという双子の姉妹は手を取り合うと、母親の方へ手を振った。
それを見ていた二人の父親は娘たちを不憫に思う涙が溢れそうになったがかわりに微笑むことにした。
今日は姉妹の晴れの門出なのだから。


それに。
娘たちに妻の実家があった地方の『鏡顔』の影響が及んでいないことにはずっと感謝していた。




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