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「年賀状。」/ショートストーリー

アパートの郵便受けに音がした。
年賀状が届いたのだ。
雪が降る寒い寒い元旦。

その日はとても寒いクリスマスイブ。
美花は母が送ってくれたと言う荷物を取りに郵便局に寄った。
別に日時指定でも良かったのだが。
最近は、会社がお休みでもなかなか外出しない。
お休みの時は、なんとなくずっとベットの中にごろごろとしているのだ。
ひどく疲れているせいだ。
ただし、身体の方じゃない。
こころの方だ。
そのことについて、美花は気づいていない。
自分をごまかしているだけなのだが、そうでもしないと美花のこころは壊れてしまう寸前だから、自己防衛と言っていい。

美花は、たまにはアパートから出なくてはと思い、わざわざ郵便局に取りに行くことにした。
クリスマスの飾りつけやらで、いつもはひっそりと落ち着いた商店街が華やかだ。
クリスマスが終われば、すぐにお正月だ。
今回も美花は郷里へ帰らないと実家の母に連絡したものだから、母が色々と送ってくれたようなのだ。
たぶん、こちらでも買えそうものばかりだろうが、母の気持ちが嬉しかった。
美花は自分のことを気遣ってくれるのはもう母ぐらいなのだと思うとため息がでた。
会社には友達というものがいない。
大人しすぎてしまう自分。
みんなの話しについていけない自分。
笑って聞くしかない自分。
ひとの顔色をうかがうしかない自分。

そんな自分にだれが友達になってくれるの。
そんな奇特なひとはいない。

そう、あらためて思うと寒さが余計に身に染みる。
さっさと荷物を受けとって帰ろうと郵便局に入ると年賀状のサンプルが目に入る。
美花の足が止まった。

年賀状か。
美花はまた深いため息をついた。
昨年までは美花だって、家族以外にも同僚に手書きの年賀状を出していた。
イラストを描くのが好きな美花はすこしも年賀状が苦ではなかった。
それどころか、こころがウキウキして仕様がなかった。
干支のイラストを丁寧に描いて、住所も手書きの年賀状。
これで少しだけ同僚たちと間が縮まるのでないかと期待もあった。
ところが、11月の初めだった。
美花にとってショックなことを聞いてしまったのは。

それは、会社のトイレだった。
「ねえ。彼女、来年も年賀状よこすのかしら?」
「えっ。ああ。美花さんね。」
「なんかさ。こちらは特に親しいつもりはないんだけれど。年賀状くれるのよ。あんたには?」
「私ももらうわよ。たぶん、部署のみんなに書いているんじゃないの。」
「それでちゃんと返してる?」
「最初は返すこともあったけど。今じゃお正月休み明けにお礼を言っておしまい。そういうあんたは?」
「おんなじ。おんなじ。だって、仲良い私らの間でも書かないでしょう。せいぜい、lineぐらいじゃない。だから。」
「そうよね。なんかうざいというか。年よりくさいというか。あざといというか。」
「そうなんだよね。それに手書き!あれは重いわ。念がこもっていそうで怖いぐらいだもの。」
「色々と勘違いしちゃっているのかな。まあね。名前負けしているところもあるし。美しい花だなんて。ねっ。」
美花の容姿のことにまで話が及ぶと個室で聞いていた美花の涙があふれてきて止まることがないように思えた。
美花の話しして嘲笑っていたふたりがいなくなっても、美花は個室から出ることが出来なかった。
その日は体調が悪くなったと早退した。

だから。
もう、年賀状はやめようと思った。
実家にさえ、書くのが億劫になってしまった。
それでも、年賀状のサンプルを見たら胸がもやもやしてしまって泣きそうになる。
その時だ。
颯爽と郵便局にはいってきた大柄な女性が窓口の女性と少しばかり話したかと思うとみんなの掲示板というところに張り紙を嬉しそうに貼った。
美花はその女性の肩になんだか緑のゆらゆらしたものが見えてしまった。
なんだろう、あれは。
美花は思わず凝視してしまった。
その気配に気づいたのか、大柄な女性は振り返るとにっこりとした。
「筆文字にご興味ありますか?」
張り紙には『筆文字教室開催』と書いてある。
よくよく見るとお習字とは全く違う。
字そのものが、楽しそうに見える。
初めて見た美花は食い入るように見てしまう。
「お時間あれば。これからね、この郵便局の二階の一室で今年最後の教室があるから、体験とかしてみませんか?ちょっと大げさかな。見ているだけでも良いのでどうです?」
美花はこくりとうなずく自分に驚いていた。

お教室といってもその先生らしい女性を含めても4人しかいなかった
のだが、かえってそれが美花には心地良かった。
「全然。お習字とは違ってあまり細かいことないんです。試しに自分のお名前書いてみましょうか?」
見ているだけで良いと言っていたのにと美花は思ったが興味の方が勝ってしまった。
どう書くとあんなに楽しそうな字になるのかと。
「みかさんと言うのね。綺麗なお名前。それに綺麗な字。これはちゃんとお習字したことがある字ね。私の筆文字は縦と横で太さかがね。」
そういうとすらすらと美花の名前を書く。
美花の名前が楽しそうに踊っているように見えた。
住所もというとやはり楽しそうな見本の字を書いてくれた。
約2時間、美花は一心不乱で名前と住所を練習した。
「あっ。すごいすごい。もうちゃんと自分の筆文字になっている。」
先生が明るい声で美花の筆文字を褒めてくれた。

美花はなんだか胸のつかえがとれたような感じがした。
それどころか、年賀状が書きたいとさえ思った。
「先生。わたし、先生に年賀状書いても良いですか?」
「あら。嬉しいわ。書いて書いて。」
すると、他のひとたちが、えー私にも書いてと言い始めた。
それで、みんなと年賀状を出し合うことになった。

寒い雪が降る元旦。
美花は待っていた。
皆の年賀状を。
年賀状はコトリと楽しそうな音をたてて美花に届いた。
どのひとの年賀状も楽しそうだ。
ただ。
先生の年賀状を見たとき、美花が先生の肩に見えた緑の可愛い龍がイラストとして書かれていたので心底驚いた。
あれは見間違いじゃなかった。
先生の年賀状の龍は楽しそうにウサギと踊りながらウィンクしていた。

筆文字の先生はモデルさんがいます。年賀状って今更ですが。予定では年末か年始の頃に投稿するつもりだったお話しです。まあ。今日は2月3日なのでお許しくださいませ。(笑)


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