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マーダー・ライド・コンフリクトPart1/6

 また「13」だ。開店時間から間も無い焼肉屋の、「空いているお席にどうぞ」と言われて座った四人掛けのテーブル席に振られていた番号は「13」だ。朝に立ち寄ったコンビニの会計も釣りが「13」円だった。読みかけの小説は最後に栞を挟んだページが「13」章目だった。ふと腕時計を見たら秒針が「13」を指していた。
 リュックを下ろして着ていたトレンチコートを脱ぐ。くたくたになっているコートをクシャクシャにして席の隅に押しやった。頭が昼過ぎから痛いのに、「13」が周囲をチラついて酷くストレスを感じる。
 不吉な予兆だよ、ニック。
「バカ、単なる偶然だよ。何なら今日オレがテメーに『死ね』っつった回数も13回だぜ」
 そうかな、ニック。
「余計なことは考えるな、サト。あと、外でオレに話しかけるな。頭がおかしい奴だと思われるだろうが」
 ごめんよ、ニック。
「もう話しかけるなクソ野郎」
 テーブルの下からニックの舌打ちが聞こえた。ニックは僕にしか見えないらしい。これ以上不機嫌になられても困るので、卓に置かれているタッチパネルで注文する。
 正直、僕にも彼の姿は見えない。ニックは僕の死角にいつもいる。生前と同じで、僕はかくれんぼが上手な彼に手を焼いた。仕方なく最後はニックの妻と子供を人質にして彼を誘き出して狙撃した。彼のお陰で軟頭弾が好きになった。ダムダム弾。フラグメンテーション。血と骨と脳味噌をブチ撒ける。弾が余ったから奥さんと子供も。
[家族はどこまでも一緒にいるべきだ。]
 頼んだレモンサワーが来たので口を付ける。メチルアルコールみたいな味がする。安くて頭が痛くなる味。ハズレだと思った。肉も運ばれてきたから焼いていく。ロース、ハラミ、カルビ。肉は旨い。ナムルと野菜とつまみを頼んでも三千円しないのは良いことだ。
 マナーモードにしていたスマートフォンが鳴った。テーブルの上に置いていたから気付けた。リュックに入れっぱなしにしておけば良かった。見積依頼が来た。LINEで送られてきた概要を確認する。
「おいサト。肉が焦げてる」
 慌てて肉をトングで掴む。一足遅く炭になっていた。
 最悪だ。ニックは教えるのが遅いんだよ。
「話しかけんなって言ってんだろうが。テメーは病気なんだ」
 ひどいなニック。僕は病院に行ったけど医者には健康ですって言われたんだ。
「健康診断の話じゃねぇよバカ」
 見積依頼なんて、後でやろう。僕はあまり金を使うことが無い。服はGUばかりで買うし、高い服を買うにしても精々UNIQLOだ。今日も厚手のプルパーカーにジョガーパンツ。腕時計はAmazonのセールで買ったツェッペリン。トレンチコートは古着屋で買った。リュックは無印良品。日高屋で飲むのが好き。仕事を受ける時は使った弾代を発注者負担という条件を付けるようにしている。つまり、僕はあまり仕事をしなくても食うには困らない。
「じゃあ死ねよ。世のため人のためになるぜ。金も使わなくて良くなる」
 極端だね、ニック。
 火力が強くて熱いので、氷を乗せたら灰が舞った。失敗した。今日はとことんダメな日だ。灰が付いたトングで触ったのを忘れて、残りの氷をレモンサワーに入れてしまった。火の上で溶けるためだけの氷。恩知らず。
「お前のことだ、サト」
 今日はニックがやけに絡んでくる。本当に嫌な日だ。こういう日はもしかしたら殺し屋になってから初めてかも知れない。頭が痛い。
「寿命じゃねぇか? 摩ってやろうか?」
 優しいね、ニック。生きてた時みたいだ。
 ニックの声がするテーブルの下を覗こうとして頭を下げた。次の瞬間、店の扉を誰かが蹴り開けたのが聞こえた。行儀が悪い。誰だと思えば凄まじい柄のスーツを着たガタイの良いヤクザだった。
「トレンチコート着たガキを出せ。いるだろココに」
「お前のことじゃねぇか?」
 ニック、知らないヤクザ屋さんですねアレは。若頭の暗殺依頼が出てた組の人かな。
「知り合いじゃねぇか」
 店員が殴られた。嫌だな、逆恨みの逆恨みだ。不毛だ。ヤクザが怒鳴る。弾代はロハじゃないから抜きたくないな。
「『ニック・コンクリン』! さっさと出て来い!」
 ヤクザがニックの名前を呼ぶ。
「サト、テメー俺の名前を使ってやがんのか! ブッ殺すぞこのドブ野郎!」
 まさか。ちょっと背乗りしただけだよ、ニック。
「人の名義をパクるな戸籍を盗むな殺してやる」
 ニックがバグってきたところで僕は卓上のタブレット端末を、顔を伏せたまま取る。会計を確認する。三千円あればお釣りが出る。リュックを音が出ないようにそっと開けて財布を取り出す。ボーナスで買ったちょっと良い長財布。千円札が三枚と、五千円札が一枚。この年にしては貧弱な所持金額だけれど、僕は現金を沢山持ち歩くのがあまり好きじゃなかった。千円札を全部掴む。
「テメーが原因なんだから有り金全部置いてけよ。慰謝料だ慰謝料」
 ニック、このお金を置いていったら明日のご飯代はどうしたら良いんだよ。
「あのヤクザブッ殺して財布貰えば良いだろ」
 なるほど。頭良いねニック。採用。
 紙幣をテーブルの上に置き、空になった財布をリュックの中に入れる。そして代わりに仕事道具を探す。
 [今日はどんな気分? お腹いっぱいだから元気に遊びたい気分。]
 [運動するっきゃないね! 準備は? ウフフ、オッケー!]
 店員が僕のことを指で指し示す。ヤクザが気付くまでに僕は準備を終える。コートを羽織ってリュックを背負っている。そしてベンチタイプの座席に土足で上がり、身を屈めて、ヤクザがいる出入り口の方を向いている。
「テメーかこのヤ」
 近づいて来たヤクザがセリフを言い切るまでに跳躍する。僕は体重が軽いからガタイの良いヤクザには真正面からじゃ太刀打ち出来ない。だから大抵、重力や遠心力といったモノを頼る。
 天井に頭がぶつかりそうな高さの跳躍によってヤクザは僕を見上げる形になる。
 ポカンと空いた口を閉じてやろう。いつも複数持ち歩いている仕事道具の中から選んだ、今の気分にピッタリな道具はこのヤクザに丁度良い。
 指を通したナックルダスターの耳をしっかり握り込んで、大きな岩みたいな顔に右フックを入れた。鉄の拳がウィークポイントに綺麗に入る。クリーンヒット。顎の骨が折れた音がして、脳味噌が揺れたヤクザが白目を剥く。完全ノックアウト。巨体が倒れた。ニックが歓声を上げる。
 両足着地をして、倒れたヤクザを見下ろす。此処で殺したり財布を盗んだりしたらすぐに通報されそうだし、既に通報されているかも知れない。どうしようかな。
「この店、裏に細い路地があるだろ」
 そうだね、ニック。入る前に通ってきた路地がある。
 ヤクザのベルトを掴んで引き摺って行くことにした。怯える店員達を尻目に退店。帰路に着く人々が多い時間帯。沢山の人とすれ違うが、みんな関わり合いになりたくないと見て見ぬ振りをする。お陰でニックや僕みたいな殺し屋は仕事がしやすい。
 裏路地には誰もいない。暗くて見通しが悪い。都指定のゴミ袋がパンパンになっていくつも転がっている。集積が間に合っていないのだ。
 さあ、身包みを剥ぐ前にヤクザ屋さんを解体しよう。
「サト、後ろだ」
 ニック、さっきもそうだけど教えるのが遅い。
 僕が振り返る前に拳銃の遊底がスライドしたのが聞こえた。そしてニックではない、女の人の声がした。冷たくてキンキンしている声。嫌いだ。頭が痛くなる。今よりもっと。
「あなたが、カズラ? シリアルキラー・キラー?」
 その名前で呼ばれるの嫌いなんだよな。あと何その二つ名。
「変な名前で呼ばれてるモンだな」
 ニックうるさい。
 後ろにいる女の人がふっ、と笑った。
「やっぱりそうなのね。公安委員会の外注業者、教練済の人殺し」
 何なんだろ、なんかウザいな。殺そう。
「あなたに仕事を依頼しに来たの。ウチじゃ手こずる案件のね」
 何だか嫌な予感がしてきた。やっぱり今日はダメな日だ。だって、この路地の番地も「13」だ。
「話だけ聞いてやるか」
 ニック、やるのは僕なんだよ。
 僕はひとまず、女の人に銃を下ろしてもらうことから始めることにする。





To be continued...

読切時(文字数:1,760字 構想時間:5分 記述:2時間 使用:iPhone)

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