『彩雲』
”彩雲”
太陽光の回折によって虹色に見える雲のこと
太陽光が雲粒を回り込み、太陽光の中の角食の波長の長短によって曲がる角度が異なるため。色が分かれて虹色になるもの。
碧い空、真っ白に湧き立つ積乱雲、そして突き刺さる太陽の光が窓の外側に見え、部屋の中とは対照的に夏の季節を物語っていた。
そんな窓というキャンバスがかかっている薄暗い部屋の中で、コーヒーを飲みながらそのキャンバスを眺めていた。
突き刺さるような太陽光はいくら窓の外にあるとはいえ刺激が強く、恐怖に駆られて、やり場に困った視線を、ゆっくりと窓から背け、手元のコーヒーに落とした。すると、その背後に広がる部屋の何ともいえぬ凄惨さに目を覆うことしかできなかった。
「どうされました?」
私はその声に反応して、おもむろに目を開き、なるべく彼だけを見つめるように努めて、窓の外の眩しさを伝えた。
「彩雲だ...」
彼は私の話を聴き終えた後、窓の方に目を向けて、そっと呟いた。
その声につられ、私も窓の外を恐る恐る見ると、確かに虹色に光る雲がその中に描かれていた。
「あなたが恐れていたのは光。この美しい景色もまた光が生み出したもの。その理由が違うだけ。」
「粒子性と波動性...ですか?」
「もう、そこまでわかっていたら、この先は言わなくとも...。」
瞬きの多くなった彼に視線を移し、私は考えを巡らせた。二つの性質を持つ光。その概念じみた実体は私を狂うほどの恐怖に陥れる。
結局怖いのではないか。部屋の虚無感に穴を開けるように窓が付いているのに。その窓さえ、映し出す景色は恐怖を煽ってくる。私は耐えられず、彼の肩に顔を伏せ、視界から光を追い出した。
「一人でくらい深い井戸の中に落ちてしまうといくら恐怖を感じて踠いても、自力でその井戸から這い上がることはできない。いくら、井戸の上から呼んでもらっても、ロープをたらしてもらっても、登ることはできなかったとする。でも、そこで他の誰かに井戸の中に入ってきてもらって、波という性質を教えてもらえば、這い上がることはできなかったとしても、井戸を二人ですり抜けることくらいはできるかもしれない。
あなたをその囲いの中から救い出せる可能性が少しでもあるならば、僕は喜んで井戸の中に身を投げますよ。」
私は顔をもたげて、
「それは不遜です。...私たちの住んでる世界では起こり得ないことですから。」
「驕りだって何だっていいのです。あなたは今、現にこうやって僕に触れている。ほら。」
「信じてみたいのですが...」
「もし説明がつかないものが、信じられないというのなら。信じられるものは、あなたの中にしかないのです。」
その言葉には、思い半ばに過ぎるものがある。外の世界は不安と恐怖に満ちている。彩雲が象徴する吉兆とは裏腹に私の思考は沈んでいた。
「もう少し、このままで。私の答えが決まるまで...。」
「ええ。」
いつの間にか彩雲はなくなり、夕暮れに近づいていた。
※フィクションです。
では、次の機会に。