茶道にならって和食の道を開く「和食道レストラン」戦略
料亭・割烹(かっぽう)をはじめ天ぷら、そばなどの和食の市場規模は減少を続けています。また日本人の主食であるコメの消費量も減少しています。そこで農林水産省は懸命の努力で和食をユネスコ無形文化遺産に登録しました。一方で日本の食事は外国人観光客にとって大きな魅力となっています。しかし人気の日本食も和食の店が減り続けてしまうなら危機です。このままではファストフードの店ばかりになってしまいます。問題解決のお手本は「茶道」にあります。和食の店も「和食道」を確立させて道ビジネスとして日本から世界市場に飛躍できるはずです。
(すいません約4500字です。ホームページは「ニッチな飲食店」で検索してください)
●減り続ける和食店。いつか消えてしまうのか
飲食店ビジネスで成長しているのはほぼファストフードだけです。料亭・割烹など伝統的な和食の店はコロナ禍からの回復が思わしくありません。売上が大きく減少しています。
しゃぶしゃぶ・すき焼きなどの肉系の店は堅調です。しかし天ぷら屋さん、絶滅危惧種が食材のうなぎ屋さん、図にはありませんが回らないすし屋さん、うどん・そば屋さんも減少が続いています。
減少の理由は価格も含めて「それが食べたい」と思う人が減ったからです。また少子化、高齢化、人口減少などもあります。ランチでサバ塩焼き定食を食べて、夜は刺身で一杯飲んでいたおじさんたちもリタイアしています。人が減るということは店がなにもしなければお客さまが減っていくということです。
さらに悪いことに日本人のお給料が減り続けています。バブル崩壊後の1995年からほぼ一貫して下がっています。トホホです。お金がないなら和食店よりも価格の安いファストフードに行ってしまいます。いまのままでは和食店が消えていってしまうかもしれません。
●和食のユネスコ無形文化遺産登録。本音は「もっとおコメを食べて」
2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。農林水産省の努力が実りました。
和食には食材の多様性、魚や野菜で健康的、四季のうつろいの表現、日本の年中行事との関わりなどの特徴があります。その根底には「自然を尊ぶ」日本人の精神性があります。これを和食文化として世界が認めてくれました。
一方で「和食ってなに?」という疑問もあります。農林水産省でも「和食文化に明確な定義はない」としています。京都の高級料亭の食事も和食ですがラーメンもカレーも和食です。和食を定義するのは国としても難しいことです。
農林水産省が無形文化遺産登録に奔走したのは米の消費量の減少が心配だったからです。農林水産省の「米の需要量」のデータをみると1996年の900万トン代から2022年の600万トン代まで、ほぼ一貫して減少しています。このままなら日本人は米を食べなくなってしまうかもしれません。
邪馬台国の卑弥呼のころから日本を支えてきた伝統的な米づくりが絶えるとなると大事件です。なんとか和食を復活させて「ごはん」をたくさん食べて欲しいというのが国の本音だと思います。
●外国人に人気の日本の食事。日本の食文化は「たまごかけごはん」?
一方で日本の食には追い風が吹いています。外国人観光客です。来日観光客数はコロナ禍から復活して来年2024年は2019年の3188万人を超えるはずです。さらに円安です。物価高で私たちには困った円安ですが、外国人観光客にとっては追い風に強力な扇風機です。
外国人観光客の来日の目的は日本の食事です。観光庁の調査でも明確に示されています。日本の飲食店ビジネスが世界で認められはじめています。しかし最近は来日が二度目、三度目のリピーター客が増えて少し様子が変わってきているようです。
先日NHKのニュース番組で外国人観光客の「食」をめぐる“新たな観光”という特集がありました。「たまごかけごはん」を食べて「オイシイ」というオーストラリア人女性が登場しました。イタリア人観光客は下町の惣菜屋さんでイカフライを食べて「オイシイ」といっていました。
オーストラリアに帰って「生の卵って、おいしいのよ」と友だちに話してドン引きされるかもしれません。「おいしい」は個人の好みなのでいいのですが、これが日本の食文化と思われるのは残念です。
文化という以上、歴史から培われた背景が必要です。「たまごかけごはん」もイカフライもサブカルチャーとしての背景はありますが和食文化にはまだなっていないはずです。
外国人観光客のリピーターは「寿司、ラーメン、てんぷらはもう食べた。ありきたりではない深い日本の食文化はどこにあるのか」と熱心に探しています。これを考えると潜在的なニーズは大きいと思います。発掘されていない巨大な市場があるということです。
歴史に裏打ちされた和食の文化を和食の店でたっぷりと伝えたいものです。和食の文化は本やネットでは語られていても和食の店では表立って語られていません。
NHKの番組では外国人旅行客が長野県で凍(し)み豆腐づくりを見学していました。そこで宿泊して地元の伝統料理をつくる体験して食事していました。立派なビジネスになっています。和食レストランも事業化によってお客さまを集めるチャンスがあります。
問題は和食でどうやってそれを事業化するかです。ヒントは「茶道」にあると思います。
●「道」をつくる。茶道は総合芸術ビジネス
茶道はビジネスモデルとして完成されています。「わび・さび」や「一期一会」などの哲学や美学があり、鎌倉、安土桃山時代以来の歴史があります。
また流派、茶室、茶道具、作法など茶道を支える「道」のノウハウがあります。その文化的価値から世界中にファン(顧客=市場)がいます。これを見習って「和食道」をつくるべきです。
茶道にも懐石料理があります。しかし和食市場のひとつとして減少しているならお客さまの要求(ニーズ)を満たしていません。この課題を解決するべきです。
ここで改めて茶道についておさらいです。茶道は鎌倉時代に禅宗を伝えた栄西が中国から持ち帰った茶からはじまったといわれています。
その後、室町後期から安土桃山時代にかけて武野紹鴎(たけのじょうおう1502年‐1555年)が茶道を確立。さらに弟子である千利休(せんのりきゅう1522年‐1591年)が陶芸、書道、華道なども融合させて総合芸術として完成させました。
利休は織田信長や豊臣秀吉の茶の相手(茶頭)をするだけではなく政治的な顧問としても活躍。残念ながら最後は秀吉とケンカ別れとなったようで切腹させられてしまいました。
江戸時代以降も茶道は武士のたしなみや良家の子女の教養として愛され続けました。利休の家系からは「表千家」「裏千家」「武者小路千家」が生まれ現代に至るまで茶道の伝統が引き継がれています。
茶道では「道」のビジネスモデルが完成しています。学びたい人は門人として入門から教授まで非常に多くの階段が用意されています。この階段をあがることが楽しいことでもあるはずです。「和食道」もこの茶道の文化事業をモデルとして見習うことができます。
●新飲食店ビジネス「和食道レストラン」をつくる
「食べるだけの和食店」から「和食道レストラン」としての文化事業に進化させたいものです。茶道を手本にして和食道レストランづくりをマーケティングのプロセスで考えると以下のようになるはずです。
(1)セグメント・ターゲティング・ポジショニングで考える
セグメントは飲食店カテゴリーのなかの伝統的な和食。わかりやすく言うならばファストフードチェーン店の対局です。和食道の具体的なカテゴリーは「料亭道」「すし道」「天ぷら道」のようなものになります。
ターゲットは前述のように外国人観光客です。また和食は海外でも人気が高まっています。農林水産省によると海外の日本食レストランは2006年に約24,000店でしたが2013年には55,000店になっているとのこと。海外市場での展開を前提にして外国人観光客に焦点をあてます。
ポジショニングとしては飲食店ビジネスのカテゴリーではなく茶道や武道などの「道」ビジネスのポジショニング・マップに置いてみます。やや無理矢理ですが、だれにでも親しめて活動的なポジション(右上)に空きがあります。
(2)マーケティング・ミックスで考える
マーケティングの基本、4Pつまり製品(プロダクト)・場所(プレイス)・価格(プライス)・プロモーションで構成を考えてみましょう。
①製品(プロダクト):宗家・家元が主力商品
創始者としての宗家。流派を束ねる家元が必要です。和食のメニューももちろんですが、和食づくりを担う人が製品そのものです。宗家となり流派を起こし家元になるべきです。
茶道でも三つの千家以外にも100以上の流派があるといわれています。「松本善甫(伝酢飯発案者)流 すし宗家」「信州・本山宿(伝そば切り発祥地)流 蕎麦家元」…。なんだかよさそうです。
②場所(プレイス):和食道の起点としての店
前述のように茶道にも懐石料理があり、和食の原点ともいえます。しかし茶道と同じハードルの高い作法など気軽なものとはいえません。
作法の壁を低くし、それでいて日本の食文化に触れられること。また和室、食器、着物、書、生け花、絵画など総合芸術といわれる茶道を取り巻く日本の文化も生かしたいものです。外国人観光客を魅了してやまない日本の食文化を提供しなければ「和食道」の意味がありません。
③価格(プライス):価格競争をしない
宗家・家元の人件費、食材はもちろん店の構えなどを考えるとそれなりの価格になるはずです。もちろん価格競争は考えません。
④プロモーション:「道」の事業化としての資格制度
外国人向けの多段階の資格システムです。茶道と同じように授業料による収入で「和食道レストラン」を経済的に支えます。階段を昇りつめ、門人として免状をもらえれば海外で和食の店を出せます。
テキストが必要になります。和食について文字になっていないこと(暗黙知)をだれもが知ること(形式知)にする必要もあります。一子相伝や「親方の技術を盗んで学ぶ」といような旧社会のやり方ではうまく広がりません。
テキストを含め資格制度の仕組みをつくることが事業化にとって一番大変な作業になると思います。
●まとめ。日本の和食店ビジネスから世界の和食文化ビジネスへ
人口減少の日本で、日本人にもう一度和食好きになってもらうのは困難です。和食道ビジネスを完結させるには日本の人口1億2千万人では足りません。日本の食に関心が高く日本の食文化の価値を認めてくれる外国人や海外市場に焦点をあてるべきです。
「和食道」が確立できれば、日本文化のもとになっている茶道をはじめ華道、書道、武道などさまざまな「道」ビジネスといっしょに活動ができます。
観光客として来日し「和食道」に興味をもってもらい、参加・入門してもらう。何度か来日するたびに和食道の階段を上っていき、やがて自国での和食道レストランをオープンさせる。そこで和食の文化にふれた人が、日本にやってきて再び和食道レストランで学ぶ…。日本人だけでなく外国人を通じて和食文化が世界へと高まっていくことが期待できます。
私も和食継承のために毎日努力を欠かしていません。納豆を毎朝、毎食グルグルと200回かきまぜてから食べることにしています。日本の食文化の継承は目がまわります。
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