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古い商店街の本屋に入ってみたら

「教養としての〇〇」「漫画で読破する〇〇」のキャッチーなタイトルが目に飛び込んでくる。白い書棚のペンキはほとんど剥げてしまって木の色がむき出しで、通路に飛び出たワゴンには本とは無関係な雑貨が売られている。

古い商店街にあるチェーンの本屋。もう20年近く前からその存在に気が付いてはいたけれど、すでに行きつけの本屋がいくつかあったので、なんとなく立ち寄ることがなかった。でも、今日はなんとく中に入ってみないといけない気がして、初めて足を踏み入れてみた。

大股で10歩あるかないかくらいの間口の店。なのに、意外なことにエスカレーターがあった。こんな古びた商店街にエスカレーターがあることが新鮮で、テンションが上がる。とりあえず2階に上がってみる。1階の雑誌コーナーには人がそれなりにいたけれども、上のフロアになると途端に人気がなくなってまるで書庫のような静けさだった。参考書フロアなので、平日の昼間にここを訪れる人は少ないのかもしれない。

低めのヒール靴を履いた女性が小走りにエスカレーターを上がってくる。仕事を抜け出してきたところだろうか。とても急いでいる様子で、国語辞典を掴み取るとすぐに階段を下り、レジのある1階に戻っていった。子ども向けの辞典だったから、小学校1年生の親だろうか。きっと学校からのプリントに「持ち物:国語辞典」と書いてあって、仕事の合間を縫って慌てて買いにきたのだろう。もっと早く言ってくれれば入学前に用意したのに、と思う小学校あるある。

2階を一通り確認したので、1階に戻る。流行りのタイトルが大々的に並べてあるけれども、思いの外文芸コーナーと新書コーナーが充実していた。難しいことは分からないけれど、きっとちゃんとした店員さんのいる本屋だ。常連さんだろうか、初老の男性が店員と話をしている。新刊の入荷についてだろう。楽しみに待つ本があるっていいな。

エッセイコーナーには、益田ミリさんの「今日の人生3」が置いてあった。パラパラとめくると、自分の体験がそのまま記録されているのではと思うほどに共感しかない内容だった。普段新聞の連載ではお目にかかっているけれども、本を手に取ったことがなくて、なんで今まで手に取ってこなかったのだろうと後悔するとともに不思議に思う。きっと日頃本屋での自分の視線の行先もある程度ルートが決まっていて、いつも見過ごしていたのだろう。今日ここに足を踏み入れなければとなんとなく思ったのも、こんな新しい出合いを期待した自分の深層心理が関係しているのかもしれない。

嬉しくなって、まだ家に帰るのが勿体無い気がして、回り道をしながら帰路に着くことを思いつく。そうだ、神社の境内を歩いてみよう。普段通ることのない道を歩くのも、楽しい。久しぶりに良く晴れているのも、気持ちが良い。こんなに晴れるのは何日ぶりだろう。通りすがる犬たちもみんな機嫌が良さそうだ。

歩きながらふと、こんな小さなことで楽しくなれる自分にほっとする。そう、まだ私大丈夫だ。全然大丈夫だ。まだまだ楽しいことはたくさんある。益田ミリさんもきっとそう思ってくれるはず。多分それが確認したくて、今日こうしてここを歩いているんだ。桜の季節はすっかり終わってしまったけれど、明るい光を放つ木々の緑の下に立つとふっと気持ちが軽くなった。深呼吸をする。少し湿り気のある甘い香りがする。帰ったら窓を全部開けて、家の中もこの空気でいっぱいにしてしまおう。


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