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#22 台湾に残る日本帝国時代の史跡(神社編)

台湾にはじめて上陸。

残念ながら2泊3日、台北市のみの旅行になってしまいましたが、日本帝国統治時代の遺構に興味があり、日程的に無理のない範囲でまわりました。

はじめは神社についてみていこうと思います。

もちろん神社は日本社会固有の宗教的施設です。なぜそれが台湾にあるのかと言うと、下関条約発効からアジア太平洋戦争終結の約50年間の日帝統治期間に「日本人」たちがつくったからです。

台北市内で見られる神社はいくつかありますが、日本の観光客にも比較的よく知られているのが「圓山水神社」。
MRT(台北の地下鉄)の剣潭駅を降りると徒歩10分ほどです。

圓山水神社

小高い丘の上にありました。

階段を上りきると、見えてきました。
社殿はありません。
灯篭と標柱と狛犬(?)などがあり、鳥居はありませんでした。

「昭和十三年四月吉祥日」と記載がありました。

台北市内にある神社では最も形が残されている神社です。
なぜ今日まで残っているのか、とても興味深い場所でした。

台湾神宮跡地に建てられた圓山大飯店

飯店とはホテルを指す現地語ですが、この豪華で壮大な圓山大飯店がある地には元々台湾神宮がありました。
 


台湾神宮は台湾で最も格の高いと定められた神社でした。
台湾銀行発行のお札にも台湾神宮の肖像画が描かれています。
こちらのサイトから閲覧可能です。

https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Stock_certificate_of_Taiwan_Bank_1940.jpg#

明石元二郎総督墓旧址

正直なことを言うと、ここは目的地として訪れたわけではなく、帰国のお土産を買うために中山区の欣欣百貨というデパートに行ったついでにたまたま見つけた場所でした。

現地に鳥居があることに驚き、『ここにも神社があるのか!?』と好奇心を駆り立てられ近寄ってみると、どうやら明石元二郎という台湾総督の個人墓らしいことが判明しました。

1919年に亡くなったそうですが、遺体をこの地に埋葬することが本人の意志だったようです。

歓楽街の喧騒から逃れるように林森公園という都会のオアシスがありますが、ひっそりと鳥居が立つ姿がそこにはありました。

以上、台湾の神社について見ていきました。
近代日本の帝国主義・植民地主義政策のもと、理不尽な思いを現地の人々が強いられてきました。台湾にはそうした負の遺産がシンボリックにあり続けています。
他にもたくさんあるようなので、もっと時間をとって実際に踏査していきたいです。


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