和歌を訳す練習をしよう(後編)~大学受験生応援コラム4月
設問は「和歌の大意を述べよ」
’** 0 はじめに ***
当コラムに目を留めていただき、ありがとうございます。大学受験国語の勉強に資する内容提供を目的として書いています。
前回は『栄花物語』(栄華と書くこともある)中の和歌を取り上げ、口語訳を試みました。ただ、本文はある大学の二次試験に出題されたもので、設問は実は「口語訳せよ」ではありません。
「和歌の大意を述べよ」これが設問です。今回はこの設問に解答してみようと思います。
*トップの写真は「木の実」で検索して出てきたものを拝借しました。「何で栗やねん」ってなもんですが、「椎の実」でサーチしても何も出てこなかったのでした。
’** 1 前回の復習~口語訳まで ***
前回内容を再掲します。
本文は…
藤原公任は娘の死を受けて出家を考えている。生活スタイルや身なりなどはもはや出家した法師のそれになっているが、まだ出家そのものは果たせていない。ある日公任は、たまたまもらった椎の木の実を、妹(注には「姉妹」とあるが、妹だと思われるので、本コラムでは「妹」で統一します)である女御(にょうご、天皇婦人のこと。具体的には花山院の妻)に贈った。それに対して妹は次のような和歌を送ってよこした。なお妹は、公任に出家の意思があることは知っている。
ありながら別れむよりはなかなかになくなりにたるこの身ともがな
この和歌を口語訳したのがこちら。
私(妹の女御)もあなた(兄公任)も生きていながら、あなたの出家によって俗縁が絶たれ別れるとしたら、それよりはむしろ、あなたから贈られた椎の「木の実」ではないが、この世からいなくなってしまっている私の「この身」であったらいいなあ
110字ほど、と前回書きましたが、( )書きを除くと102字です。なお、前回の訳を少しだけ手直ししました(太字部分。前回「この私の身」と書いていたのを変更、また掛詞を目立たせるために「 」を追加)。
’** 2 設問は「大意を述べよ」 ***
先述したように、この和歌に設定されていた問いは、次のようなものです。
この和歌について「一首の大意を述べよ」。制限字数は、解答欄の大きさから最大50字ほど。なんともシンプルな問いではあります。
まず、大意とは何でしょう。おおまかな意味? まあ、そうですが。昔の本に次のような説明がありましたので引用します。
「『大意要約』とは、一連の文章の全体を通して《何がドウダ》と言おうとしているのか、を判断する作業で…読解力テストの本命」(遠藤嘉基・渡辺実『現代文解釈の方法』中央図書、38頁)
*今は「ちくま学芸文庫」から出版されています
以下ではこの定義に則って、先の102字の要約を50字ほどに圧縮していきたいと思います。
’** 3 大意を作る ***
まずは核心となる「何がドウダ」を作ることから始めます。例えば
「私は死んでしまいたい」(10字)
「私はこの世からいなくなりたい」(14字)の方が原文に近いですが、50字しかないのでまずは字数の少ない表現を採ります。
和歌は必ず心情を述べるものですから、心情を加えてみましょう。これは兄との別れの辛さを述べたものですから、例えば
「私は死んでしまいたいほど辛い」(14字)「私は辛くて死んでしまいたい」(13字)
こんな感じでしょうか。
ここに、先に触れた辛さの原因を入れてみます。和歌では比較の形で対比的に表現されていたのでそれも考慮します。
出家するあなたと生きながら別れるよりもいっそ私は死んでしまいたいほど辛い(36字)
末尾の「ほど辛い」が文をおかしくしている感じがするので、違和感のない程度に直しておきます。
出家するあなたと生き別れて辛くなるよりはいっそ私は死んでしまいたい(33字)
’** 4 あと17字ほど、何を入れる? ***
これで大意に必要と思われる要素はおよそ入れましたが、制限字数を考えると、もう少し情報を入れ込んだ方がよさそうです。試験場では時間との戦いですから、もうこれで解答としてしまう(意味を外していない以上✖にはなりません)選択も時には必要でしょう。
ここではしかし、時間に余裕があるものとして、もう少し要素を盛り込めないか検討してみます。
さらに情報を入れるとしたら、前回も触れた地の文との掛詞のつながりしかないでしょう。「木の実」と「この身」の掛詞です。例えばこんな具合に…
例1:出家するあなたと生き別れて辛くなるよりはいっそ、いただいた「木の実」ならぬ「この身」を滅してしまいたい。(52字)
例2:出家したあなたと会えずに辛くなるより、いただいた「木の実」ならぬ「この身」が消えてしまう方がましだ。(50字)
*「 」は掛詞を強調するためにつけています。
*例1は末尾の「滅してしまいたい」が自殺願望を思わせます。前回も述べたように、この和歌はあの世に行ってしまった自分を、もう一人の自分が他人事のように眺めている趣があります。死ぬことも自分の意思で死ぬのではなく、超自然的なものの力によって冥途に連れていかれることを想定しているのではないかと考えました。ですので、例2では自殺する感じを消しています。
ところで、この原稿を書いている最中に、こんな例も考えてみました。
例3:公任の贈った木の実に掛け、あなたが出家し会えなくなるならいっそこの身を滅したいと、別れの辛さを詠んでいる。(53字)
掛詞も和歌の大意もきちんと説明している文ですが、今「説明」と書いたように、これは「和歌について説明せよ」と問われたときの解答であって、「大意を述べよ」の解答ではないように思います。
今回作った3例の中では、例2が一番マシな解答かな。
’** 5 出典は・・・ ***
別にここまで引っ張る必要もなかったのですが、これは東京大学で01年度に出題された問題でした。東大といえども、前回のように訳すだけなら作業手順はほかの大学入試問題と何ら変わるものではありません。
東大では、その先の要約手順にそれなりの文章表現力が求められます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。また次回です。
’** 6 今回のポイント ***
1 「大意要約」とは、一連の文章の全体を通して「何がドウダ」と言おうとしているのか、を判断する作業である。まずは本命の「何がドウダ」から解答を組み立てる。
2 1で分かるように、国語の解答は、本命部分を日本語で一番大切な文末に置き、その上に要素を積み上げていく。
3 東大が難しい理由の一つは、内容を簡潔に表現する文章表現力が必要だから。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?