現代版 撫で座頭 「撫で座頭の呪い。」
あらすじ:「撫で座頭の呪い」
物語は、主人公・朔(さく)がある祭りの夜、奇妙な男に背中を撫でられたことから始まる。
その男は「撫で座頭」と呼ばれる存在で、他人の穢れや罪を擦りつけ、自らの不運や罪を逃れることができる力を持っていると言われる妖怪だった。
次第に朔は周囲の人々に対して自分の穢れや災厄を無意識に押し付け始め、知らぬ間にその力を使ってしまう。
そして、それが過度に強まった時、彼の手で直接撫でた者に災厄が降りかかり、最終的には死まで招いてしまうことが判明する。
朔は自分の罪深さに苦しむ一方、制御できない力に困惑していた。
ある日、朔は誤って想いを寄せている女性・梨花(りか)を撫でてしまい、彼女に殺人の容疑がかかる。
彼は彼女の穢れを断つため、縁切りの得意な知人に助けを求めるが、その代償として撫で座頭の力が彼から取り去られ、代わりに縁切りの男へと移ってしまう。
朔が解放されると同時に、梨花は彼女を守っていた守護霊の加護を失い、交通事故で命を落とすという悲劇が起こる。
そして新たに撫で座頭の力を持つようになった縁切りの男も、その力に苦しめられ、最終的には自ら命を絶とうと決意する。
しかし、最後の瞬間、再び撫で座頭が姿を現し、力を返せと告げる。
そのまま男の背中を撫で、彼の命までを奪ってしまう。
主人公と登場人物
1. 主人公 - 朔(さく)
性格: 寡黙で内向的な性格だが、誰かの力になりたいと心の奥で望んでいる青年。自分に自信がなく、他者に疎まれることを恐れている。
バックストーリー: 幼少期から家族や周囲との縁が薄く、人に頼ることが苦手。ある種の孤独を抱えており、静かに生活することを望んでいるが、奇妙な力に巻き込まれたことでさらに追い詰められる。
役割: 撫で座頭に不運と罪を擦りつけられ、徐々に周囲に災厄をもたらすことになる。その呪いから逃れるために奔走し、力を封じようと努力するが、愛する人を不幸にしてしまう。
2. 想い人 - 梨花(りか)
性格: 優しく思いやりがあり、周囲に好かれる女性。日々を大切に生きている前向きな性格で、孤独感を抱える朔にも親切に接する。
バックストーリー: 守護霊の存在を信じており、かつて祖母からもらったお守りをいつも身につけている。それが梨花を守っていると信じているが、物語後半で守護の力が失われ、悲劇に巻き込まれてしまう。
役割: 朔が想いを寄せる相手であり、彼の無意識の力で殺人容疑をかけられる。不運に追い詰められ、最終的には交通事故で命を落とす。
3. 縁切りの男 - 桐生(きりゅう)
性格: 自信家で冷徹な性格。人間関係において淡々と「縁切り」を得意とし、周囲の人々からは疎まれがちな存在。利益のためなら他人を巻き込むことも厭わない。
バックストーリー: 元は誰かの悪縁を断ち切ることで生計を立てていたが、その縁切りの力は非道なことにも利用され、朔の苦しみを利用しようとする。やがて呪いの力を受け継ぎ、自らが災厄の中心となってしまう。
役割: 朔を撫で座頭の力から解放する代わりに、その呪いを自身が受け継ぐが、次第にその力に支配され、破滅に向かう。
4. 撫で座頭
性格: 表向きは穏やかな風貌だが、本性は冷酷で、他人に不運や罪を擦りつけることを厭わない妖怪。
役割: 災厄と罪を人間に伝播させる役割を持ち、朔に力を付与する。物語の最後に桐生の前に現れ、呪いの力を取り返す。
現代版 撫で座頭 「撫で座頭の呪い。」
雨が降る夜、僕はひとりで路地裏を歩いていた。
人気のない夜の静けさと、アスファルトに叩きつけられる雨音だけが、まるで僕を癒すために鳴っているようだった。
傘をささずに歩く僕の肩はすっかり濡れていたけど、それも悪くはないと思えた。
雨に包まれると、現実の全てが薄れ、僕だけの世界に閉じこもれる気がする。
誰にも邪魔されないこの夜の時間が、何よりも心地よかった。
仕事も、面倒な人付き合いも、僕を煩わせるものから逃れられる。
それだけで僕は救われている気がした。
…そう、僕には誰かと関わる必要なんて、ないんだ。ずっとそう思っていた。
それでも、時々、どうしようもなく心にぽっかりと空いた穴を感じることがあった。
その穴を埋めるために、僕はいつも雨が降るたびにこうしてひとりで夜を歩く。
だけど、それが僕の生き方なんだと思っていた。
その日も、いつものように無心で歩いていた。
すると、視界の端に何かがちらつく。振り返ると、誰もいないはずの路地に、人影が立っていた。
その影は薄暗い光の中でぼんやりと浮かび上がり、何とも言えない異様な雰囲気を漂わせていた。
「…誰だ?」と、僕は声をかけてみた。返事はない。ただ、その影は僕を見つめているようだった。
背中にぞくりと寒気が走る。
突然、その影が一歩僕に近づいてきた。
僕は動けなかった。
まるで足が地面に縫い付けられたかのように、体が硬直してしまったのだ。影は次第に形を成し、そして「それ」が見えた。
「撫で座頭…」と、何故か僕の口からその名前が漏れた。
それは頭に何か黒く濡れた布を被り、長い爪を持つ異形の姿だった。
その顔は見えず、ただ不気味に揺れる影が僕を睨んでいるようだった。
「撫で座頭」が一歩一歩ゆっくりと僕に近づいてくる。
そして、その長い爪のついた手を僕の肩に置いた瞬間、僕の意識が暗転し、すべてが闇に包まれた。
目が覚めたとき、僕は自分のベッドに寝かされていた。
身体の節々が鈍い痛みを発している。
あの「撫で座頭」に肩を撫でられた時の感覚が、まだ肌に染み付いているようだった。
それから、奇妙なことが次々と起こり始めた。
まず最初に、僕の周りの人間関係が変わり始めたのだ。
今までそれほど気にも留めていなかった同僚が、急に僕を避け始めたのだ。
最初は些細なすれ違いかと思っていたけれど、日を追うごとに孤立感が深まっていく。
誰とも目を合わせないようにされ、ひそひそと何かを囁かれるような視線が、僕の背中に突き刺さる。
だが、それだけでは終わらなかった。
体調も悪化し、夜になると熱に浮かされたような幻覚が見え始めた。
あの「撫で座頭」の姿が、何度も夢に現れるのだ。
その度に、僕の肩を撫でて「お前の災厄を引き受けてやる」という声が、頭の奥で響いてくる。
しかし、それが救いではなく、重苦しい呪いのように感じられた。
ある夜、会社を辞めたばかりの元同僚、山田が訪ねてきた。
彼は僕を避ける他の同僚たちとは違い、僕に対して何か言いたそうにしていた。
「最近…、君の周りで何かおかしいこと、ないか?」山田は声をひそめて尋ねた。
「どういうことだ?」僕は訳がわからずに返事をしたが、彼の表情は真剣そのものだった。
山田はしばらく黙り込み、それから口を開いた。
「君が歩いている時、後ろに何か黒い影が見えるんだ。気味が悪いと言うか…その影が、まるで君に寄り添うようにしてついてくるんだ。」
僕は息を呑んだ。
彼の話に聞き覚えがあった。あの撫で座頭の影だ。
影の存在が、僕に寄り添うようにしてついてきている──それは、僕がその呪いに取り憑かれていることを示しているかのようだった。
僕はすぐに、その呪いをどうにかできないかと方法を探し始めた。
お祓いや、清めの儀式などを試したが、どれも効果はなかった。
むしろ、何をしても状況は悪化する一方だった。
そして、ある晩、僕はとうとう幻覚と現実の境界が曖昧になるほどに追い詰められ、夜道でついに「撫で座頭」を目撃することになる。
それは、まるで僕を待っていたかのように路地の奥で佇んでいた。
しかし、以前と違い、僕には何かを伝えたがっているようにも見えた。
僕は恐怖に震えながらも、意を決して近づいてみた。
そして、「撫で座頭」の口から恐ろしい真実が語られた。
「お前は、他人に災厄を押し付けようとしている。お前の罪深い願望が、私を引き寄せたのだ。」
僕は言葉を失った。
自分が他人に責任を押し付けようとしていたのだろうか?心の奥底で自覚がなかったわけではないが、まさかそれが呪いの引き金になるとは思いもしなかった。
撫で座頭の言葉に、僕は強い衝撃を受けた。
自分の無意識の願望が、あの呪われた存在を引き寄せたのだとしたら、全ては自分の責任だ。
しかし、それを認めるのが恐ろしくて、僕は頭を振った。
「そんなはずはない…俺はただ普通に生きていただけだ!」と、声を震わせて否定する。
しかし撫で座頭は、淡々とした声で続けた。
「お前が他人に押し付けたいと思っているものが見えるのだ。悩み、憎しみ、嫉妬…人の負の感情はいつも、私を呼ぶ。お前も、例外ではない。」
その時、撫で座頭の手がゆっくりと持ち上がり、また僕の肩に触れようとするのが見えた。
全身の力が抜け、逃げ出す気力すら失っていた僕の肩に、あの冷たい指が再び触れた瞬間、僕の視界が歪み、凄まじい罪悪感と後悔の念が溢れ出してきた。
その苦しみはまるで、他人の人生の重荷をすべて背負わされたかのようだった。
誰かの辛い記憶、悲しみ、怒り、罪の意識が次々と胸に迫り、自分が無意識に心の奥に押し込めていた感情までもが解放されていく。
そして、次の瞬間、僕は何かに導かれるようにして、ふと過去の記憶の中に入っていた。
ある出来事が鮮明に蘇る──友人を裏切り、苦しみを押し付けたあの日。
僕は、あの時感じた後ろめたさを、忘れようと無理やり消し去っていたのだ。
目を覚ますと、僕は自室の床に倒れていた。
周囲を見渡し、冷や汗を拭いながらも、まだ全身が震えていた。
「撫で座頭」に触れられたあの瞬間、何かが僕の中で変わった気がしていた。
それからというもの、僕は罪悪感と向き合わざるを得なくなった。
自分が他人に与えてきた痛みや苦しみを、改めて感じることで、それがいかに深く自分に染みついているかを痛感した。しかし、それを清算しなければ、撫で座頭の呪いから逃れられないと直感的に理解していた。
その後、僕は無意識に避けていた人々に謝罪を始めた。
彼らの前に立ち、自分の非を認めるのは苦しかったが、これが唯一の解放の道だと信じた。
謝罪が進むにつれ、少しずつ周りの空気が変わり始めた。
人々の態度も少しずつ柔らかくなり、以前のような冷たい視線が和らいでいった。しかし、それでも呪いは完全には解けていなかった。
最後に残されたのは、ただ一人の女性だった。
彼女は僕にとって特別な存在でありながら、僕の過去の罪の記憶と結びついていた。
彼女に謝罪し、償うことで初めて完全に解放されると思い、彼女に連絡を取った。
「会いたい」と言った時の彼女の声には、驚きと戸惑いが混じっていた。
僕は彼女と再会するための準備をしながら、全てを清算する覚悟を決めた。そして、彼女と向き合う日が訪れた。
彼女は静かに僕の話を聞いてくれた。過去の愚かな行動を、彼女に涙ながらに打ち明け、深く謝罪した。
彼女は一瞬だけ驚いた顔を見せたが、やがて優しい微笑みを浮かべて言った。
「あなたがそこまで悩んでいたなんて、知らなかった。…でも、もういいわ。あなたが悔いているなら、過去は水に流しましょう。」
僕は彼女の言葉に救われるような気持ちになり、ようやく重い呪縛から解き放たれた気がした。
だが、心の平穏を得た矢先、撫で座頭の姿が再び現れた。
「お前が私を解き放つことなどできはしない。」
撫で座頭は、鋭い爪を再び僕に伸ばした。
恐怖で凍りついた僕の背中に、奴の手が触れたその瞬間、すべての意識が途絶え、何もかもが真っ黒に染まった。
そして、最後に聞こえたのは「呪いは消えぬ」という撫で座頭の囁きだった。
目を覚ますと、僕は病院のベッドに横たわっていた。
ぼんやりとした視界の中で、白い天井が広がっている。
誰かが僕を見下ろしながら、ぼそぼそと話しているのが聞こえるが、内容はよく分からない。
ただ、肩がひどく痛んで、身体の動きが重く感じた。
「ここは…?」と、かすれた声で呟くと、看護師が駆け寄ってきて、「気がついたんですね」と優しく微笑んだ。
聞けば、僕は意識を失って倒れていたらしい。
どうやら数日間、昏睡状態にあったそうだ。
だけど、どうしてここにいるのか、撫で座頭のことやあの呪いの気配を感じないことに戸惑いを覚えた。
もしかして…あの呪いから逃れることができたのか?
ほっとした矢先、病室のドアが開き、彼女が立っていた。
心の中で一番会いたかった、そして一番恐れていた存在。彼女の顔には、驚きと安堵、そしてどこか冷たさが混ざった表情が浮かんでいた。
彼女はゆっくりと病室に入ってきて、ベッドの横に立つと、淡々と語り始めた。
「あなたがあの晩、最後に会いに来てくれたこと、感謝している。でも、その後に…何があったか覚えている?」
僕は少し頭を傾けて、「あの晩、君と話した後、撫で座頭がまた現れて…それからは覚えてないんだ」と答えた。
彼女の表情が少し曇った。
「それなら、教えない方がいいかもしれないわね。あなたがいなくなってから、あの場所で…奇妙なことが起きていたの。でも、もう大丈夫。何かが終わったように感じるの。」
彼女の言葉の中に潜む不安の色に、僕は胸がざわつくのを感じた。
何が「終わった」のだろう。
呪いが解けたのか、それともただ僕が撫で座頭に見限られたのか。
その答えはわからないままだが、彼女の口調からは、確かな決意が感じられた。
それからの数週間、僕は彼女との関係を再構築する努力を続けた。
病院を出てからも何度か会い、かつてのように笑い合えるように見えたが、撫で座頭の影は心の片隅に残り続けた。
まるで、ただ遠くに退いただけで、完全に消え去ったわけではないような不安が付きまとう。
そして、ある日の夜、家に戻って鏡を覗いたときに、僕は凍りついた。鏡の中の僕の肩に、撫で座頭の手形のような痕が浮かんでいたのだ。
それは以前のものよりも薄れ、かすかなものだったが、確かにそこにあった。
僕はその手形を撫で、震える手で自分を落ち着かせようとした。
撫で座頭は完全には去っていないのか。
それとも、僕の心の奥に染み込んでしまったのだろうか。
突然、背後から声が聞こえた。
「まだ、逃げられると思っているのか?」
振り返ると、そこには撫で座頭が立っていた。
穏やかな笑みを浮かべ、僕を見つめていた。
「お前が望む限り、私はここにいる。いつか、お前が完全に清算を果たしたときだけ、私は消えるだろう。」
僕はただ立ち尽くし、撫で座頭の言葉に打ちのめされた。
完全に解放されるためには、自分が抱える罪や後悔と向き合い続けなければならないのだと理解した。
そしてそれは、もしかしたら一生かかる作業なのかもしれない。
鏡の中の僕は、薄れた手形をそっと撫でながら、深いため息をついた。それが今の僕の唯一の「贖い」であるかのように。
撫で座頭との再会以来、日常がまるで薄氷の上にあるかのように不安定になった。
表向きは普通に生活をしているものの、心の奥に潜む不安が消えない。
あの撫で座頭の微笑み、そして「いつか清算を果たせ」という言葉が僕の中で燻り続けていた。
それから数週間が過ぎたある日、友人の一人から連絡があった。
高校時代の友人、陽介だった。
彼は僕が抱える呪いについて何も知らないはずだったが、なぜか「最近、妙な夢を見ているんだ」と打ち明けてきた。
「夢?」と僕は軽く応じたが、心臓はざわめき始めていた。
「ああ、奇妙な夢だ。お前が、背中を誰かに撫でられている夢なんだ。そいつは白い顔をしていて、すごく冷たい手で…お前の肩を撫でてるんだよ。」陽介の言葉に、僕の背筋が凍りついた。
撫で座頭が陽介の夢に現れているのか?いや、ただの偶然かもしれない、そう思いたかったが、胸の奥から浮かび上がってくる暗い感情は消えない。
彼に撫で座頭のことを打ち明けるべきか、それとも、何も知らないままにしておくべきか――答えはすぐには見つからなかった。
数日後、再び陽介から連絡が入った。
「会って話がしたい」とのことで、指定された場所へ向かうと、陽介は思いつめた表情で待っていた。
いつもの陽介とは違い、顔色が悪く、まるで何かに追われているかのようだった。
「…お前、何か変なことに巻き込まれてないか?」陽介は真剣な目で僕を見つめて聞いてきた。
その質問に、僕は言葉を詰まらせた。陽介に対して真実を話すことは、彼を巻き込むことになるかもしれない。
しかし、彼の夢に撫で座頭が現れているのなら、いずれ彼も逃れられない運命に巻き込まれる可能性があった。
「陽介、実は…俺、撫で座頭っていう存在に呪われてるんだ」震える声で僕は告白した。
陽介は驚いた表情を浮かべたものの、じっと黙って話を聞いてくれた。
僕は、撫で座頭との出会いから、彼が僕に呪いを残し去っていったことまで、全てを話した。
「なるほどな…。お前が背負っている呪いって、結構やばいものなんだな」陽介は頷きながら言った。
「でもさ、それをただ受け入れるだけでいいのか?お前は逃れるために何かできるんじゃないか?」
陽介の言葉に、僕は戸惑った。
今まで僕は、ただ呪いに囚われたまま逃れる方法を探していた。
しかし、彼の言葉は、ただ逃げるだけでなく、呪いと向き合うべきだと示唆していたのかもしれない。
その後、陽介は僕を励まし、僕のためにあらゆる手段を一緒に探ることを約束してくれた。今まで一人で悩んでいた呪いと向き合うために、仲間が増えたのだと感じた瞬間だった。
それから、僕と陽介は撫で座頭について調べ始めた。
神社に行き、霊能者を訪ね、
あらゆる方法を模索した。
しかし、撫で座頭はどこまでも執拗に僕に張り付いて離れなかった。
そして、ある晩、とうとう陽介も撫で座頭に触れられたことを打ち明けてきた。
「あの手が…俺にも…」と怯えた表情で言う陽介を見て、僕は責任を感じた。彼を巻き込んだことで、彼もまた呪いの標的になってしまったのだと気づかされた。
「陽介、俺のせいで…」そう呟くと、陽介は首を横に振った。
「違う、これはお前だけの問題じゃない。俺たちが何とかするしかないんだ。」
ある夜、陽介が急に姿を消した。
連絡が取れず、不安が募る中、僕は彼の行方を追って街を彷徨った。
そして、ふと、撫で座頭が最初に僕に現れた場所に辿り着いた。
そこには、ぼんやりとした影があり、陽介の姿が見えた。
「…陽介?」近づくと、彼は無表情で僕を見つめ、かすかな声で呟いた。「もう、終わりにしよう…お前の呪いも、俺の呪いも…。」
突然、陽介が撫で座頭の言葉を復唱し始めたのだ。
「儂の力を返せ…全ての清算を果たせ」と、その言葉はまるで撫で座頭が乗り移ったかのように響いていた。
僕は、ただ彼を見つめることしかできなかった。
その瞬間、撫で座頭の姿が背後に現れ、彼の手が再び僕の肩を撫でた。
僕はその感触に身体が冷え込むような感覚を覚え、全ての記憶が走馬灯のように蘇った。
僕と陽介の間に何かが終わり、何かが始まったように感じた。
撫で座頭の呪いが僕らに何をもたらすのか、その結末は分からない。
しかし、たとえ呪われた存在であっても、僕は陽介と共に歩むことを決意した。
あの晩以来、陽介はまるで別人のように変わってしまった。
無理もない。撫で座頭の呪いに触れ、その不気味な力に晒されたのだから。しかし、それだけではない。
僕もまた、呪いによってじわじわと蝕まれている気がしてならなかった。
目覚めるたび、胸の奥に小さな違和感が巣食っていることに気付く。
何か重い石のようなものが内側から押し広げているような感覚だ。
それは日増しに強まっていく。
まるで撫で座頭が僕の心の中でじっと待機し、完全に僕を支配しようとしているかのように。
そして、陽介の表情も日ごとに暗く、物憂げなものになっていった。
ある日、僕は思い切って彼に問いかけた。
「お前も、あいつに取り憑かれてるって感じてるのか?」
陽介は一瞬驚いたように僕を見たが、やがて小さく頷いた。
「そうだ。俺もお前と同じ感覚を抱いてる…いや、たぶんそれ以上かもしれない。最近は、あの冷たい手が夢の中だけじゃなく、現実にも触れてくる気がしてならないんだ。」
「夢じゃないってことか?」僕は息をのんだ。
もしそれが事実なら、撫で座頭は単なる幻覚や妄想などではなく、確かに存在し、僕たちをじわじわと取り込もうとしているのだろう。
「ああ、昨夜もだ。気づいたら背中が冷たくて振り返ったけど、そこには何もいなかった。ただ、撫でられた感触だけが残っていたんだ。」陽介は恐怖に震えながら語った。
僕たちは考えた。このままでは、呪いはさらに強まる一方だ。
撫で座頭を追い払うために何かできる手段はないのか。
再び神社や霊能者を訪ね、様々な方法を試してみるも、呪いは剥がれるどころかますます僕たちにまとわりつくようだった。
ある晩、僕たちは自分たちが撫で座頭に出会った最初の場所に立っていた。
あの場所に何か答えがあるのではないか、そう信じてやってきたのだ。
「ここで、すべてが始まったんだな…」陽介が呟く。
僕は黙って頷いた。
あの冷たい夜に、撫で座頭と遭遇した記憶が鮮明によみがえる。
冷たい手、無表情の顔、どこか人間離れした姿。
あの時から、僕の人生は呪われてしまったのだ。
突然、背後に不気味な気配を感じた。
振り返ると、そこには撫で座頭がいた。
目を細め、僕たちを見つめるその表情には、もはや人間らしい温かみなど微塵も感じられなかった。
「儂の力を返せ…」撫で座頭は冷たい声で囁いた。
その声は耳にこびりつき、頭の中で響き続ける。
陽介は震える手で何かを握りしめていた。
それは、彼が神社で手に入れたお守りだった。
「これで、あいつを追い払えるかもしれない。」
彼は必死で呪文のように言葉を唱えながらお守りを撫で座頭に向かって突き出した。
しかし、撫で座頭はただ薄く笑い、
何の影響も受けていないかのようだった。むしろ、陽介の必死な姿に嘲笑を浮かべているようにも見えた。
「逃れられぬ…儂の呪いはお前たちの一部となり、永遠に続く…。」
撫で座頭は言い放ち、その冷たい手を再び僕たちに伸ばしてきた。
陽介は絶望したようにお守りを握りしめながら後ずさりした。
僕も恐怖で凍りつき、動くことができなかった。
撫で座頭の冷たい手が再び僕の肩に触れた瞬間、頭の中に不気味な感覚が流れ込んできた。
その瞬間、僕はある決意をした。
逃げることはできない。
むしろ、自らこの呪いを受け入れることで、撫で座頭と同じ土俵に立つことができるかもしれない、と。
「待ってくれ!」僕は叫び、撫で座頭に向かって一歩前に踏み出した。
「お前の力が欲しい。俺は、お前と同じ存在になりたい。」
撫で座頭は驚いたように僕を見つめた。
次の瞬間、彼はにやりと微笑み、僕に冷たい手を差し出してきた。
僕はその手を掴んだ。その瞬間、身体中に冷たい感覚が広がり、心の奥に何かが植え付けられるような感覚を覚えた。
そして、僕は知った。撫で座頭の呪いとは、単なる恐怖ではなく、力であり、それを使うことができるということを。
僕は新たな存在として生まれ変わったのだ。
呪われた者として生きることを決意し、陽介を見つめた。彼の顔には恐怖と哀しみが浮かんでいた。
僕は微笑み、静かに言った。
「大丈夫だ、陽介。俺は、俺たちを守る力を手に入れたんだ。」
しかし、心のどこかで知っていた。
この力は決して人を幸福にするものではないということを。
撫で座頭の呪いを背負った僕は、今や誰かの災厄を受け止める存在になった。
そして、それがもたらす結末が何であれ、もう後戻りはできない。
僕たちはその場を離れ、新たな日常へと足を踏み入れた。呪いと共に生きる覚悟を決めて――。
時が経ち、僕と陽介の関係は微妙なものに変わった。
以前は何もかもが一緒だった。
昼夜を問わず語り合い、時に過去を振り返り、未来を描いていた
しかし今、僕たちの間には言葉では表現できない壁が立ちはだかっている。
僕は撫で座頭の呪いを受け入れ、力を手に入れた。
だがその代償はあまりにも大きかった。
心の中に渦巻く冷たさ、無力感、そして何よりも、僕が触れることで誰かが苦しみ、何かが壊れていくという確信。
それが常に僕の胸に重くのしかかっていた。
陽介はそれに耐えきれず、ある日、とうとう言った。
「お前、あの力に取り込まれてるんだろ? それを使って何かをしようとしてるんじゃないか?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は自分がどれだけ変わってしまったのかを自覚した。
僕は撫で座頭の力を手にしたことで、自分の中の闇が目覚めてしまったのだ。
僕の心はもう、普通の人間のそれではなくなっていた。
「俺は…俺はもう、戻れないんだ、陽介。」
僕はしばらく黙った後、静かに言った。
「あの呪いを使うことが、俺には必要なんだ。」
陽介の顔に浮かんだのは、怒りでもなく、悲しみでもなく、ただひたすらに深い絶望だった。
「お前がそんなこと言うなんて…信じられない…。」
それでも、僕はどうしても振り切ることができなかった。
この力を使わなければ、何も始まらない。
もっと強くなりたかった。自分を守るため、そして彼女を守るためには、それしか方法がないと思ったのだ。
次の日、僕は決断を下した。
撫で座頭の力を使い、僕はあらゆる物事を変えようとした。
その力で自分の周りを整理し、過去の嫌な記憶や罪を他人に擦り付けて、もう自分の手を汚さないようにするつもりだった。
しかし、力を使うたびに、心の中で何かが欠けていくのを感じた。自分の人間らしさが、少しずつ失われていくような感覚だ。
そんな時、再びその瞬間が訪れた。
背後に何かの気配がした。
振り返ると、そこには撫で座頭が立っていた。
その姿は以前よりも不気味で、彼の目は冷徹に僕を見つめていた。
「儂の力を使いこなすということは、儂の代わりに儂の役目を果たすということだ…。」撫で座頭は低い声で語りかけた。
「お前はもう、元の人間には戻れん。命を取るのは儂の仕事ではなく、お前の仕事だ。」
撫で座頭の言葉は深く僕の心に突き刺さった。
だが、今更後悔するわけにはいかない。力を手に入れたのは僕自身だし、その責任も僕自身が負うべきだと思った。
だが、心の中には無限の恐怖と疑念が渦巻いていた。
どこかで、この力がどんどん自分を狂わせ、最終的には何もかもを破壊してしまうのではないかと。
けれど、もう後戻りはできない。
時が過ぎるにつれて、僕の力はますます強くなり、撫で座頭の影響が色濃く僕に染み込んでいった。
そして、陽介はついに僕と完全に絶縁する決心をした。
ある夜、彼は僕に向かってこう言った。
「お前がその力を使い続ける限り、お前はもう俺の友達じゃない。」
僕はその言葉を聞いて何も言えなかった。
ただ、静かにうなずくだけだった。
陽介はそのまま立ち去り、二度と戻ってこなかった。
彼の背中を見送る僕の目には、涙が浮かんでいた。
だが、その涙の裏側には冷徹な決意があった。
僕はもう、一人で歩むしかない。
撫で座頭の呪いを受け入れ、それに従い、死ぬまでその力を使い続けるしかないのだ。
そして、とうとうその時が来た。
ある日、交通事故の知らせが届いた。
陽介が、僕が最後に見送ったあの夜、車に轢かれて命を落としたというのだ。
その瞬間、僕の胸にひどい痛みが走った。
しかし、驚くことにその痛みも、徐々に冷静さに変わっていった。
撫で座頭の呪いを使ったことで、もう感情すらも麻痺してしまったのだろうか。
だが、それ以上に恐ろしいことが起こった。
陽介が死んだ瞬間、僕は知ってしまった。
あの時、撫で座頭の力が完全に僕に移行していたのだ。
そして、その力を使うたびに僕は、ますます人間らしさを失い、呪いの本質へと近づいていった。
そして、最後の瞬間が訪れる。
僕は撫で座頭の力を完全に受け入れ、呪いを使い果たし、そして…自ら命を絶とうとした。
その時、撫で座頭が再び現れ、僕に冷たく囁く。
「お前の命を奪うのは儂の役目ではない…だが、お前が命を絶とうとするその時、儂が最後の力を使わせてもらう。」
そして、撫で座頭が僕の背中を撫でると同時に、僕の命はその手に奪われた。
呪いを背負い続けた結果、誰も幸福にはならなかった。
物語は、そこに終わりを迎えた――。