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車輪の花

「やっぱり断種しかない。」
パスタランチを食べながら、彼女は言い切る。
「というか、オスが滅びれば良くて…XYの染色体のYは劣化のみを繰り返すの。Xはそのままのコピーなんだけれど。世界の混沌の元はやっぱりオスなのよ。」
「あなたは、でも子供を産んでいるでしょう?
まだ人類はメスだけでは産めないわよ。
あなたが子供を産んだり育てたりする事は素晴らしい行為だと思う。」
「でも、これから産もうかと迷ってる若い子に勧めないし過去に戻って自分に警告したいもの。絶対産まないでって。」
「私は身体上の特性で産めないから、そんな事言わないでよ。小さい頃から知っていたから欲しいなんて思わないけど、子供のいるあなたがそんな風にいうのは…」
「矛盾してるのは分かっている。子供も主人も愛してる。でも誰とも交わる前からずっと人類は滅ぶべきだと望んでいた。今すぐ人類が絶滅しなくても、せめて早急にオスは滅べばいいと思う。」
「私達は2度大きな爆弾受けたものね。それはオスの闘争本能の果てだとして、GHQは見事にそれを固定したよ。」
「26文字を使役する民族は狡いわ。」
「でも、カラードはそれなりに苦しんでいると思う。」
「致し方ない。私達はだからこそ穏やかな選択肢を許されているもの。」
「老子が言うところの無知無欲?」

彼女は随分と長い間、ネグレクトされて育った。それでも母親を可哀想な生き物として扱う事で自身を保って生きてきた。恐らくは胎内にいる時から、母親の恐怖を引き継いで来たのだろう。

私達は親を選べない。

うちも大層複雑な状況で育ったので何となく彼女の憎しみを理解出来る。家族として機能しない家庭。アル中の祖母が自殺未遂して全裸で匍匐前進する中で、黙々と朝食を消化するような家庭で育つと、夜眠れなかったり大きな声に敏感だったりする。
「生物学もいいけど、量子力学とかもシンプルでいいよ。あと、花を育てるのもいいかも。」
「自分たちの為に家畜とか言って動物を利用するのも許せない。」彼女の怒りは中々収まらない。
彼女は裕福な旦那さんとかわいい娘を大切に思っている。彼女自身も悪くない給料とまだまだ美しい外見を有している。控えめに言って、ほぼ完璧な人生だとも思う。けれどその全てを破壊したいという願望、そもそも成立させたくはないとも言う。
彼女はとても純粋なのだ。
部落とか従軍慰安婦とか、詳細を伝えずに歴史的認識として若い世代にどうやって伝えて行くかとかよく話す。自分たちがやっていない事柄で自分の魂を腐さないで欲しいのよ。と彼女は言う。

結局、メスである私たちは産んでも産まなくても救われないのか?

私は今着ている美しい洋服の布を作れない。
美味しいパスタは作れても、小麦粉から麺を作れないしオリーブオイルやスパイスはお店で買わなくてはいけない。
椅子を作ったり、ガソリンを生成する事は出来ない。

男も好きでオスに産まれる訳ではないし、私も好きでこの身体に産まれた訳ではない。

でも彼女の矛盾した怒りもとても理解出来る。

世界は一筋縄では立ち行かない、怒りや悲しみで満ちている。それをインターフェースはこれでもかと詰め込んで私達の一瞬を揺らし続けている。
個人の感情と資本主義の結びつきかたは近年より強固になりつつある。煽情されていると言っても良い。
でもそれは個体の経験によって得た感情なのだ。
あたかも皆がそう感じていると思わせる、奇妙なロジックに落とし込まれているだけで、そんなシステムに乗ってしまうと世界の狂った部分だけ見続けてしまうのだ。長い長い椅子取りゲーム。
勝者はいなくて、参加者は椅子取りゲームである事すら気付かず立ったり座ったりしている。
私はそんなシステムのバグになるつもりはない。

でもそう言ったバグに取り込まれた話を聞いたら、私は花を買うことにしている。花の美しさはその種を存続させる為にあり、私はそれをお金と交換して愛でる。滅びゆくその一瞬手前まで、ただ花を見つめていても、両の手でその花を叩き潰しても、誰しも等しくこの星で時間を共有しているのならば私は花を愛でていたいと思う。


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