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(ミステリーホラー)混沌の化神 -15

「はい…」
今ではあまりみかけない、いかにも平屋といった具合の引き戸の少し奥のほうから声がした。
がららっ…と引き戸が開くと、齢70歳あたりだろうか、女性が少しにこやかな様子で出迎えてくれた。

「聞いてますよ。よかったね、須藤さんの娘さん。」
年齢相応ながらの柔らかい声色に二人は顔を見合わせ、すぐに亜矢子が続く。
「一昨日は危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございます。これつまらないものですが…」
そういって亜矢子が母から託された手土産を差し出すと、女性は申し訳なさそうな表情で手を前で振り断る素振りをみせる。
「そんな、大丈夫ですよ、かえって気を遣わせてしまって…」
ありがちなつまらないものですが、のくだりが何度か続い女性はしぶしぶそれを受け取ると
「どうぞどうぞ、あがってください。本人も中に居りますので。」
「おじいさん!須藤さんの娘さんみえたよ。」
そういって入り口から続く通路を進みながら左手に見える居間へ向かって声をかけた。

ふたりも女性に促され、失礼しますと女性の案内に続いて家の中へと続くと、通路左手の居間でやはり女性と同年齢程の男性が立ち上がって会釈をしてくれた。
並ぶと本当に物腰のやわらかそうな感じの良い老夫婦で、旦那さんが二人を居間のテーブルそばの座布団へ案内すると、奥様はさらに奥にみえる台所へいそいそと向かった。

「もう、大丈夫ですか。」
席についたふたりの顔を交互に見ながら旦那さんが話始める。
「本当にちょうどよかった。私はあの時間になるとあの辺りを歩くこともそうそうないもんで、あの日はたまたま気が向いて森の周りを散歩がてら見ていたら、坂で人がうずくまっているのがみえてね。最初は近寄って声をかけたんだけど、唸るだけで聞こえてないようだったから、急いでここに戻って農作業用の台車を持ってきてね。そのままあなたを何とか乗せて通り沿いの家々に声をかけながら進んだら、どうにも須藤さんの娘さんということがわかってお宅まで運ばせてもらって。」
穏やかな口調で青山家のご主人が事の顛末を説明してくれていると、奥さんが急須と湯呑み、お茶請けのピーナッツをお盆からテーブルの上へと乗せていく。

「本当にありがとうございました。あんな人気のないところであんなことになってしまって。青山さんがみえなかったらどうなっていたかわかりません。」
そういって亜矢子が深々とお辞儀をすると、併せて馬場も軽くお辞儀をした。
「こちらの方は旦那さんですか?」
ご主人が亜矢子に向かって尋ねると、二人は同時に首を大きく振る。
「こちらは会社の同僚の馬場さんという方で、たまたま会うお約束をしていただけなんですが……」
ちらりと、亜矢子が少し意味ありげに馬場の顔をみると馬場が口を開いた。
「関係ないのに急にお邪魔してすみません。実は今回のこととは関係ないのかもしれませんが、少し気になること御座いまして…」
「待って!私が。」
やんわりと伺それとなく聞く予定だった話を、急に核心に触れようとする馬場を強めの目線で制する。

「はぁ……?」
旦那さんはやはり何のことかわからない、といった様子で二人をまた交互にみやる。当然奥様も同様で、時折お茶とお茶請けを二人に進める素振りをしながらぽかんとして様子を伺っているといった様子だ。
「実は今日はお礼と……もし差し支えないようでしたら、青山さんのご家族について少し伺えればと思っていたんです。」
亜矢子は、おおよそ関係がないであろう話で恩人に時間を取らせてしまうことに多少後ろめたさを感じながら、おずおずと話を始めるのだった。

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