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フォネティックコード① -コードで名乗ろう-

こんにちは。

古典落語に金明竹という演目があります。伝達によって起こるとんでもない勘違いを面白おかしく描いた噺ですが、これが面白いのは他人事であればこそ。いざ自分がこの演目に出てくる女将さんのように、主人の留守中に訪ねてた訪問客の主人への言付けを全く理解できないままに、帰宅した主人にそれを伝達しなくてはならない妻の役目を果たさなくてはならないとなれば、全く笑えません。よもやこれが通訳の現場となれば笑うことはおろか、泣くこともできません。

今日はそんな笑い話にもならない、相手の見えない通話通訳の経験を交えながら、新しくなったドイツ語アルファベットの通信コード(フォネティックコード)について書こうと思います。

聞き取れません

会社名や氏名などの固有名詞を含む見知らぬ人からの電話対応は、時に母国語でも難しいものです。さらに内容に専門知識が含まれ外国語を含むインプットやアウトプットを必要とする場合、難易度がアップするのは想像に難くないと思います。

しかし例えば、

「Hier spricht Ottovordemgentschenfelde aus Gschlachtenbretzingen.
Es ist dringend, ich will den Geschäftsleiter sprechen.」

なんて変哲もない通話内容にこそ爆弾が。

このように、相手が急用でトップと話したいと言っているのを理解するのは難しくなくとも、肝心のどこの誰がトップに繋げと言っているのかということになると、頭の中で意味不なオトだけが渋滞し始めます(笑)。

電話通訳で意外と厄介なのが、実は専門的な内容よりも人名や地名などの固有名詞だったりします。特に視覚からの情報が入らないために、相手の表情やゼスチャーが見えず、また通信環境や話者の置かれている環境(人混みや交通量の多い場所など)に、頼みの綱である聴覚や言語情報すらも阻害されることがあります。
そこで重宝するのが、音をより正しく理解するのに使える「通信コード」、いわゆるフォネティックコードと呼ばれるものです。

フォネティックコード

これはアルファベットの「オト」を、意味を持つ短い単語を用いて「視覚」的に理解することでより正確で迅速な理解を助けるものです。
日本語の場合も、イメージ化しやすいように「漢字でお願いします」と伝えてやはり「オト」を視覚に落とし込んで確認することがあるように思います。

電話通訳の現場でよくあるのが、相手の名前がアラビア系、トルコ系、スラブ系など、聞き慣れない音を全てアルファベットに書き起こしておかなくてはならない場合です。こんな時にフォネティックコードが大活躍しているのですが、すり減っているのではと思うほどです( ̄▽ ̄;)。
とにかく重宝しています。

さてこのフォネティックトコード、元は無線通話の通信内容の聞き違いを防止するために作成されたもので、いわゆるラテン文字のアルファベットならICAO(国際民間航空機関)、NATOのフォネティックコードが一般的です。
航空会社の人と話すとき、よくこのフォネティックコードで氏名など確認されることが多いですね。
この記事のタイトル画像は、ドイツ語アルファベットのフォネティックコードです。1890年以来、ドイツはこれにファーストネームを使用してきましたが、2021年6月、ライプニッツドイツ語研究所によって新たに提案され、全て都市名になっています。

このコードの使い方ですが、通話相手に例えば「code」と伝えようとするとき、上記のコードからそれぞれの頭文字の単語を、"Cottbus, Oldenburg, Düsseldorf, Essen"と並べて伝える、という具合です。
私はまだ改定前のコードバージョンが馴染み深く、"Cäser, Otto, Dora, Emil"と言っています。

しかし、もう使えません(T_T)。

新たなフォネティックコード

そうです、ここにもジェンダーニュートラルの波。
まさにジェンダーニュートラルに聖域なしといったところです。(ジェンダーニュートラルな表現については以前に3回シリーズで書いているのでご関心あればご参照下さい)。
曰く、32あるドイツ語のアルファベットコードのうち、ファーストネームになっているコードが23、そのうち男性の名前が16、対して女性の名前が6とはいかがなものか、というわけです。
今回、全ての頭文字を表すコードが性別が顕著なファーストネームから、よりニュートラルな都市名に置き換えられたのには、少なくとも一つにこんな理由があるのです。
すでに「ジェンダーニュートラル人称代名詞」に挫折している私ですが、新たに「ジェンダーニュートラルフォネティックコード」の波に晒されていると言っても過言ではありませんT_T。

しかし、この度ドイツ語のフォネクティックコードが変更されたのには、もう一つきっかけがありました。このコード、実はナチス時代にいくつか変更されています。
例えばDのコードはDoraという女性名なのですが、元々のコードはDavid でした。またNのコード、Nordpolの変更前はNathan、というように。DavidもNathanもユダヤ系の名前で、故に置き換えられたのですが、戦後もそのまま踏襲され、ここ数年、David, Nathanに戻そうという動きがありました。
まさかジェンダーニュートラル表現の促進と相まって、全て都市名に総入れ替えになるとは思っていませんでしたが。

とはいえあくまでこの新コード、「ご提案」という体ですので、強制ではありません。

次回は通話時にコードを用いない、言い換えの方法や他のドイツ語圏、また日本語についても書きたいと思います。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。


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