Twinkle Twinkle

夜中になれば止めどなく言葉が溢れ出て、代わりに日中は呆けているのが
詩人というものであり、日中からやいのやいのと何かを申すような連中と、夜中に音楽を嗜むような連中とは全て実のない連中であります。

 夜とは如何なるか。陽欠き全てが暗く染まり上がった様程を指す。
 優れたる詩人の言葉はそんな場所に飾り付けるのが相応しい。

ある日のこと、詩人は太陽に憧れました。己の小さな鋏で言葉を切り取って夜空に貼り付けて楽しんでいた彼は、杉の木が指すまま昼に空を見上げてしまったせいで、太陽があまりに多くのものを照らしていることに気づいてしまいました。

詩人は街で太陽のことを聞いて回りました。すると人々は太陽の偉大さと、どうやってその恩恵に預かるかを熱心に教えてくれましたがしかし、太陽が何者であるか、どうして空を照らすのかについて教えてはくれませんでした。さして興味もないようでした。

 その日はカーテンを開きっぱなしで、太陽の温もりを感じながら、
 詩人は今まで感じたことのないような幸せな眠りにつきました。

しかし困ったことに、その日からずっと夜が来ません。詩人は仕事も言葉も失い哀れな男になってしまいました。そうして途方に暮れていたところ、なんでしょう。耳をすませば、薄い白靄の向こうから揃った足音が聞こえてくるではありませんか。

それは軍隊でした。これから太陽の街へ攻め込んで奪い取るつもりだ、この辺りで1番高い山は何処(いずこ)や、と問うのでした。詩人は屈強な男に山の場所を教えてやり一緒に登りました。

山の頂からは太陽に照らされた街がよくよく眺められました。屈強な男は部下を集め、これから自分のものになる街を嬲るようにじっくりと眺め、
あそこに城を立ててやるのだと得意げに息巻いておりました。

ここではじめて屈強な男は問います。ところで貴様は誰なんだ。ここで一体何をしているのだ。詩人は事の顛末を具に伝えましたが、話をあまり聞いていなかった屈強な男は、そうかそうかお前は詩人なのか、では詩を見せてみよと無茶を言い出しました。

やむにやまれず詩人は太陽を背にして屈み、自身の影に言葉を貼り付けました。すると屈強な男とその仲間たちはあまりに滑稽なその姿をゲラゲラと笑い、もう一度、もう一度とせがみました。もう一度同じことをすると、今度はもっと大きな笑いになりました。詩人は複雑な気持ちになりました。

寝不足の太陽の街は四方から攻められあっさり陥落しました。街の長であった青年は今頃は塵芥となって雪の街に積もっている頃でしょう。賑やかになった太陽の街では詩人はすっかり人気者として馴染みつつありましたが、彼は来る日も来る日も夜を待ち続けました。いつか夜が来れば本当の自分に戻れるはず。

しかし太陽は落ちません。我慢ならなかった詩人はピカピカの玉座に座る屈強な男に頼み込んで、彼らの故郷である灯りの街への移住を決意しました。旅立ちの支度を終えたその時、空っぽの小さな家の、小さな窓から差す陽の光を見て、詩人ははじめて太陽の元で眠ったあの日を思い出しました。

馬車から大きな灯りの街が見えると詩人は大きく息を吐(つ)きました。灯火が照らすレンガ、色とりどりの服、踊る男と踊る女の恍惚。そして灯火の外には彼がずっと夢見たそれは美しい暗がりが広がっていました。詩人はとめどなく浮かんでは溢れる言葉を落とさないように両手いっぱいに抱えました。そう、これこそが自分なんだ。

うわっ、これはなんだ。馬車から降りると詩人は思わず耳を塞ぎました。
すると馬引きは、怖がらなくて良いのです、これは音楽といって夜を美しく飾り立てるものでございます、と諭した。

詩人はすぐに気がつきました。この街には暗がりがありません。
いいえ暗がりはありますが静けさがありません。すなわち夜がありません。詩人はおそるおそる言葉を夜空に貼り付けてみますが、いつものようにうまく光りません。そしてすぐに剥がれてしまいます。

 詩人はもうこの世界に自分の居場所はないのだと悟りました。
 そのまま思いきり走り出し、広場のまん中の灯火の中に身を投じました。  
 赤く燃え上がる自分の姿を見て、詩人は少し嬉しそうに笑いました。    
 その日は灯りの街がもっとも明るく照らされた日となりました。

詩人は塵芥となって、今頃は星の街に降り注いでいることでしょう。

END


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