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新人デビュー戦「鍼灸師」のB面は、 青春スポーツドキュメンタリーだった

デビュー戦のシーズン到来

地方局から2人の“新人”ディレクターが『プロフェッショナル』班にやってきたのは9月を過ぎた頃だった。例年7月がNHKの定期異動なのだが、昨年は全局をあげてオリンピック、パラリンピックに臨む体制が組まれていたので異動時期が後ろ倒しになった。それから数か月たった年明けは、彼らの東京第一作目がオンエアされるデビュー戦のシーズンである。

“新人”とはいうが、実際には入局5年目の若手である。NHKのディレクターの場合、入局後はじめの4~5年は全国各地の地方局に勤務し、現場でもまれながらOJTで育成されるのが典型的パターン。ニュースリポートから選挙中継、高校野球、のど自慢、旅番組など、一通りの経験を積んだのち東京の番組に配属になる。僕の場合は12年前に大阪局配属となり、初めて任された仕事はラジオ番組だった。5分のミニコーナーだったが、録音機をカバンに意気揚々と街に出ると、「あっと驚く名作を作ってやる」と身震いしたものだ。与えられた自由がうれしかった。もちろんその数日後、「おいキム、必要な要素がまったく足りてないぞ」とデスクに絞られしゅんとなったわけだが。まあそうやって失敗をしながらディレクターは育成される。

一方、東京にいる連中はというと、毎年、地方局から“新人”がやってくる季節になると少しそわそわしはじめる。優秀な後輩ライバルがやってきたらどうしようという気持ちもあるが、やはり新しい仲間に会えることが楽しみなのだ。それにドキュメンタリーはつまるところ、取材をする人と、される人という生身の人間どうしの交流の記録であるので、新たな仲間がどんな人間なのかはどうしたって重要な関心事となる。

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(今年の“新人”、宮田Dと渡邊D 名札が間に合わず手書き・・・)

さて、今年プロフェッショナル班にやってきた2人の新人。先日、そのうちの1人、富山局からやってきた宮田ちゃんのデビュー作の完成試写に呼ばれた。もう5か月近く同じ番組班にいるのに、実は宮田ちゃんについて何も知らないことに気づく。知っているのは彼女がいま20代後半で、大学時代に体育会ラクロス部に所属していたということくらい。コロナで飲み会がなくなるだけで、こうもコミュニケーションが薄くなるものか。

試写スタジオにつくと、不安げな面持ちの宮田ちゃんが末次Pと山本デスクに挟まれて座っていた。準備が整うまでの雑談の輪に彼女は入ってこない。まあ無理もない。デビュー戦は誰でも緊張するものだ。

ちなみに、僕の『プロフェッショナル』デビュー戦の1試写は、本当に酷いものだった。5年前のことだ。ナレーションが最後まで書き切れず、番組の途中から映像だけを黙って見せるという地獄の試写をした。時間はとまり、顔を上げることができなかった。それに比べれば、若者よ、stay hungry, stay foolish、どんな試写も恐れることはないのだ。

というわけで、宮田ちゃんのデビュー作「鍼灸師(しんきゅうし)・大髙茂」の試写がはじまった。

NHKロゴ入り画像作成用

(富山局時代、スタジオ出演する宮田D。緊張気味。)

凄腕の鍼灸師に、直球を投げまくる宮田ちゃん


番組のオープニング、「おう!」と親しげに不精ひげにパーカーの長身の男性が登場する。「ん?誰?」と目をこらすと「俳優・渡辺謙」のテロップ。一瞬誰だかわからないくらいのオフ感だが、間違いなく名優・渡辺謙さんだ。大スターがお忍びで通う凄腕の鍼灸師というアピールに、いやが上にも期待が高まる。「大髙が僕のことを一番分かってくれている」と、謙さんらしい表現がかっこいい。

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(渡辺謙さんは大髙さんに20年来の信頼を置く。いわく“大髙とは兄弟”)

鍼灸師・大髙茂さんの指先からは、髪の毛ほどの細さの鍼(はり)がすいすいすいーと体の中に何センチも出たり入ったりする。するとあら不思議、「あれっ楽になりました!」「首が軽い!」が次々起こる。謙さんだけではない。これまで1万人をこえる人たちが大髙さんの鍼に救われてきたという。

オープニングVTRはそんな感じで始まり、期待が高まったところで、番組タイトルがバシッ!と決まる。
ここまで宮田ちゃんのデビュー戦は順調な滑り出しだ。ほんと最近の若者はそつがない。自分と比べるとほんとうに立派なもんだ。もっと番組をぶち壊すくらい凸凹したっていいんだぜ。やっちゃえ新人。ぶっちぎれ。(センパイはほんとテキトーなこと言ってますので、聞き流してね)

だが。

オープニングが終わり、本編が始まったとたん、突如、画面に釘付けになった。画面にひょっこり映り込んだ宮田ちゃん。なぜか主人公よりも、存在感が際立っているではないか。

通常、本編の導入のシークエンス(業界用語で“入り”といったりする)は、主人公の一日の始まりから撮影をはじめ、その人のルーティーンやちょっとしたクセ、こだわりなどから、主人公のキャラクターを印象的に描くことが多い。例えば、誰よりも早く出勤して捨て猫にエサをやる主人公のルーティーンから「小さき者にも優しいキャラクター」を描く。あるいは朝のコーヒーはどんなに忙しくても必ず豆からひいて自分でいれるというこだわりから、「コーヒーにも仕事にも徹底してこだわるキャラクター」を描く、という具合である。

ところが、宮田ちゃんの“入り”のシークエンスは違った。そこに映し出されていたのは、主人公のもとを「宮田ちゃん自身が訪ねる」というシーンだったのだ。

「こんにちは!」という宮田ちゃん。少し遅れて、照れながら鍼灸師・大髙さんがドアから顔を見せる。朝の情報番組で一般家庭を訪ねるリポーターのようなさわやかさ。もちろん挨拶は大切だ。何も間違ってはいない。ただ、なんというか、その姿勢があまりに真っ直ぐなためか、やたらと目をひくのだ。

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さらにその直後、今度は大髙さんのご家族に向かって律儀に「NHKの宮田と申します!」とさわやかに挨拶をする。挨拶をされた大髙さんの娘さんは、これまたちょっと照れくさそうにはにかむ。

宮田ちゃんなんか面白いぞ。このあたりで私は、次に彼女がどんな挨拶をしてくれるのか楽しみになっている自分を発見した。

さすがにこの後に挨拶はもうないのだが、インタビューや、ちょっとした声かけの場面でも、彼女はストレート直球で攻めることをやめない。横道にそれずに、鍼灸や身体のこと、仕事への向き合い方について直球の質問を投げかける。質問にぜい肉がない。体脂肪率が極めてひくい。実に新人らしいさわやかな感じがなかなかよいのだ。(まぁワインと同じで、熟成がいいか、フレッシュかは好き好きではありますが。)


主人公もまた全力で直球を投げまくる


次の宮田ちゃんの登場を待っていると、しばらくして別の違和感に気づいた。よくみると主人公の大髙さんも普通じゃないのだ。なんというか、患者に向かう熱量が異様なほど高い。汗だくになりながら全身で患者の体をもみほぐし、痛みの原因となっている箇所を探っていく。愚直に全力で患者と向き合う姿は、“ゴッドハンド”というよりも、柔道選手やレスリング選手のように見える。このときの目つきが怖いくらい鋭い。鍼灸ってこんなに大汗ながしてやるものでしたっけ?これが普通?いやそんなことはないはずだ。

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(凄腕の鍼灸師・大髙茂さん 1万人以上を治療してきた)

患者への施術が「試合」だとするなら、大髙さんは毎回が白熱の大勝負。最終的には勝つにしても、「楽勝」など1つもないように見える。「絶対なおしますから」「心配しなくていいよ」「人間として、この人いま頑張ってるなという人を応援したい」。ほとばしる熱いセリフは、厳しい戦いに挑む自分を鼓舞する言葉にも聞こえる。患者に向かって真っ直ぐに全力でぶつかっていく男。取材者の宮田ちゃんも全力ストレートだが、主人公の大髙さんもこれまた直球男だ。

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施術の終わりに、大髙さんはとぼけた感じの声で「おーわり」というひとことを発する。これを合図に表情が緩む。それが一見、試合が「楽勝」だったかのような印象を与えるのだが、おそらくそうではない。9回裏まで一瞬も気の抜けない大勝負を投げきったピッチャーが、その責務を果たし、ようやくマウンドを降りるときの安堵の「おーわり」であるはずだ。

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元高校球児VS体育会ラクロス部 火花のインタビュー


さて、われらが全力直球ディレクターの宮田ちゃんと、全力直球・鍼灸師の直接対決は、番組中盤に訪れた。

人はどういうきっかけで鍼灸師になるという道を選ぶのか。大髙さんの人生を語り起こしていくシークエンスだ。

大髙さんは、元々はプロ野球を志した高校球児。強豪・堀越高校にスポーツ推薦で入った期待の星だった。だがそこで大きな挫折を経験する。表舞台で活躍するはずだった人が、夢破れ、自暴自棄になり、しかし別の形で再生していこうと必死でもがく。

この「挫折ともがき」を聞くインタビューが熱い。
大髙さんと、宮田ちゃんが向かい合っての1対1のインタビュー。宮田ちゃんが大髙さんの真正面に陣取ったせいか、カメラは少しハスからの撮影になっている。

プロ野球を目指していた自信満々の青年のプライド。それがいかにバキバキに折れたのか。刻まれたコンプレックスは、鍼灸師の道を究めることで昇華されたのか、されていないのか。鍼灸師の道を突き進む本当の原動力は何なのか。47歳の元高校球児に、28歳の元体育会ラクロス部が正面から迫っていく。インタビューは、青春スポーツドキュメンタリーの様相を呈していく。

大髙さんの表情は明らかに紅潮している。普段攻められることのない、心のど真ん中で眠るコンプレックスに向けて全力で投げ込まれるストレート。一瞬、大髙さんはひるむ。自らのこととして語らずに、「そういう高校生はたくさんいると思う」と一般化してかわそうとする。それが逆に「過去」になりきっていない痛みの生々しさを感じさせる。

しかし一方、宮田ちゃんも大髙さんの根本をつかめそうで、つかみきれない。あと一歩のところが攻めきれない。それでもまだ何かきっとあると食らいつこうとする。ここは変化球が欲しいところ。だが宮田ちゃんはあくまでもストレート。わかったよ、それでいいから思いっきりいこう!

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(夢破れた大髙さん “プロ野球中継すらも見たくなかった”という)

試合終了のサイレンは鳴ったが・・・

この勝負、結局どっちが勝ったのか?本当のところは当人同士でないとわからない。だが少なくともその戦いぶりから、はたからでも何かを感じることはできる。僕には大髙さんも宮田ちゃんも、双方ともに勝ちきれなかった悔しさを感じているように見えた。

そして番組の最後に、「プロフェッショナルとは?」を聞くお決まりのインタビューでのこと。この番組では、長期密着ロケの本当に最後の最後に、この質問をすることになっている。主人公にとっても取材者にとっても、この質問を最後に長い密着取材が終わりとなる。泣いても笑っても、これで試合は終了だ。

ところが、である。

我らが宮田ちゃんは、試合終了のサイレンが鳴っても、戦いをやめなかった。なんと、「プロフェッショナルとは?」の質問が終わっても、戦いをやめようとしないのだ。ひとり、インプレーにもちこもうとする。大髙さんが「プロフェッショナルとは?」を答え終わっているのに、さらに追い打ちで質問を投げかける。

その質問はあいにく、ウイニングショットにはならなかった。
それでも最後まで球を投げようとするその前のめりな姿勢に、私は「ほう」と思った。いいデビュー戦だと思った。お疲れさま、宮田ちゃん。
ひとりのライバルとして、ルーキーの登場を喜びたい。

宮田ちゃんのデビュー作は2021年2月9日(火)22時30分から放送される。放送後、NHKプラスで2月16日(火)23時15分まで配信予定。


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宮田千帆里ディレクター

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2016年、NHK入局。初任地の富山局では、車いすバスケットの選手や福祉施設を運営する肝っ玉母さんの物語など、一貫してヒューマンドキュメンタリーを志してきた。初任時代の先輩からは「人としてまっすぐでウソがない頑張り屋さん」と評される。2020年9月、『プロフェッショナル』班へ。
小・中・高と硬式テニス、大学では体育会ラクロス部で全国を目指す。“勝てる選手”とは何かと考え続け「何のためにプレーするのか、何のために生きるのかを考え抜き、ぶれない意志を持っている選手」との結論に至ったという。見た目はクールだが心は熱く、常に戦闘モード。と思いきや、先日のリモート班会ではマイクの調子が悪かったようで、パソコン画面に身を乗り出して始終口をパクパク。画面には宮田Dの「アゴのアップ」がずっと映し出されていた(笑)。本人は失態を演じたと恥じているようだが、そのコミカルでおちゃめな姿に、班員一同、少しホッとしている。

執筆者 木村和穂ディレクター

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2009年入局。初任の大阪局で障害者情報バラエティ「バリバラ」の立ち上げに関わる。脳性麻痺の若者が自分の障害を使って魚を釣る企画を作り、作家の鈴木おさむさんに絶賛される。東京異動後は「ドキュメント72時間」「サキどり↑」「日本人のおなまえっ!」を経て、2018年にプロフェッショナル班へ。「外国人労働者支援・鳥井一平」「ひきこもり支援・石川 清」を立て続けに制作し、現代社会に深く斬り込むスタイルを確立する。不条理から目をそらさず、取材がどれだけ難しくともへこたれず、どんな危険をも顧みない班随一の“熱男”。石川さんの取材中も「何も撮れないです」と言いつつ、常に笑顔だった。白シャツとデニムをさらりと着こなし、「白シャツとデニムを着こなすスティーブ・ジョブズ気取りの先輩」と後輩からイジられる側面も。チャームポイントはかわいい靴下。「囲碁棋士・井山裕太」「ブランドプロデューサー・柴田陽子」「車いすテニス・国枝慎吾」も制作。